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晴天に恵まれたある日。
冬空の下、絶好のトーナメント日和のボルドー城下に作られた会場には多くの人々が集まっていた。
今回のトーナメントはアンリとウィリアムを中心とした接待の要素もあるらしく、ポールの運営の元、興行として露天もいくつか出店させてあり、盛大な祭りの様相を呈している。
おれは、出場登録していないので、気楽に露天を覗いたり出来るが、出場予定の騎士たちは入念に武器の手入れをしたり軽くウォーミングアップをしたり緊張感が漂っている。
接待とはいえ、有名な騎士が出場するのである。
皆そこそこ野心もあるので、あわよくば倒して名を上げたい気持ちがあるだろう。
今回は、いくつかのチームに別れ、その名の通り、トーナメント式で対戦していく。
競技は個人、団体と2つに別れ、馬上槍戦、剣技戦、弓戦と数日間行われる。
主催者のリシャールも団体戦で参加するので、政治的なあれこれの方はこちらで対応する様子で、個人戦の方は純粋な試合になる想定らしい。
とはいえ、個人戦にはリシャールもお抱えの騎士も出場しない。
ポールも運営側だし、他数人も審判など担当させられているので、実質アクテヌ公国での上位の騎士は運営に回っているというのが実情で、中位、下位の騎士たちのアピールの格好の舞台となるわけだ。
「おやおや。殿下の今1番のお気に入りのジャン殿も出場しないのか? 随分と暇そうにしていらっしゃる。うらやましい限りだな。観光気取りだぜ。」
「いやいや、さすがに愛妾には無理な話しなだろ。一歩間違えれば・・・。なぁ? 」
「でも、騎士だろう? 男娼ではないだろう。」
「まぁ。そうだよなぁ? でも、まぁ殿下のお気に入りなだけあって・・・。良いんだろうなぁ・・・。 」
のんきに歩いていると、そんな声が耳に入ってきた。
3人組の騎士がこちらを見ながら下卑た笑いをこぼしながら話している。
こちらの世界では、男であろうが女であろうが、ある程度は貞操の危機を常日頃から感じている。
男色は宗教的には禁止事項なのだ。
だが、リシャールは特に気にしていないし、他の騎士もさほどではない。
ましてや、教会で宿を借りたときですら、修道士から求められたこともあった。
その時はトマが助けてくれたけど。
今のような目で見られる事もすくなくはない。
むしろ、現世より露骨だ。
急ぎその場から逃げ去る。
しかし、3人組たちが追いかけてきた。
「ジャン殿! ちょうど良かった! ちょっと見ていただきたいモノがあるんです!」
一人の男が手を掴んでくる。
すかさずもう一人の男が行く手を阻むように目の前に立ちはだかる。
残りの一人に親しげな様子で肩に手を回され逃げられないようにされる。
周りから見たら知り合いかの様な振る舞いに見えなくはない。
女ならまだしも、男である、おれが、大声で助けを求めるなど出来るはずがない。
「オレ達、団体戦しか出ないんで、今日は暇なんですよね。ちょっと、指導してくださいよ。ジャン殿、エントリーされてないんですよねぇ?」
「殿下のお抱え騎士殿のご指導、受けてみたいんですよ。」
相変わらず下卑た笑いを浮かべながら無理やり歩かされる。
今日は本当に観光気分だったので、鎖帷子も何も身につけておらず、武装した騎士たちに抵抗しようにも全く歯の立つはずもなく、城下の人気のない路地裏へと、連れて行かれ、壁に投げ付けられた。
「いいご身分ですねぇ。鎧もつけないでフラフラと。不用心じゃないですか? 」
「オレ達がどう危険なのか、教えて差し上げますよ。」
下品な声で笑い声を立てながら、ジリジリと近づいてくる。
確かに、本当に不用心だ。
そんな自分にも腹を立てながら、とりあえず啖呵を切ってみる。
「は! 笑わせるんじゃねぇよ。お前らに教えてもらうことなんてねぇよ。お抱え騎士の指導、受けてみたいんだろう?」
そう言うと、ファイティングポーズを取り、先頭にいる男の腹をめがけて拳を振るう。
だが、これはフェイントだ。
リシャールに体術も少し教わっていたのが思いの外早く役立ちそうだ。
すかさず腹をかがめる相手の顎に横殴りでカウンターを決める。
予期せぬパンチに男が一人倒れる。
残り2人。
威嚇しながら睨みつけるが、意表を突かれた表情をするものの、丸腰が相手である。
一人が頭に血が昇った顔で笑いながら剣を抜くと刀先を喉元に向けてくる。
動きを制された拍子にもう一人が怒号を吐きながら背後に周り腕を固められる。
まぁ。そうだよね。
でも、出来る限りは抵抗する。
言いなりなんてなってたまるか。
口につばをためて目の前の男に吐きつけた。
「この野郎!」
怒号と共に剣の柄頭で腹を殴ろうとする男に、後ろの男の体を支えにして手首目がけて蹴りを食らわすと、剣が遠くに吹っ飛ぶ。
蹴られた手首を抑えながら舌打ちする男はすぐ横で伸びて倒れている男に悪態を付き蹴りを入れた。
失神した男が意識を取り戻す。
これで3人に戻った。
内心冷や汗をかきながら、抵抗は続ける。
意識を取り戻した男がフラフラとしながら剣を向けてくる。
その横で蹴られた手首を抑えながら甲高い笑い声を上げている男の目は瞳孔が開き切っている。
「はっは! ヤルじゃないか。」
「うるせぇよ。耳障りな甲高い声出しやがって。女かよ!」
ガツンと顔に衝撃が当たる。
口の中が血の味がした。
何度か顔に衝撃があり、腹にも一発くらった所で、隣に異変を感じた。
見ると剣を突きつけていたはずの男が腹に剣を突き刺し隣の壁に刺さっている。
「な!!お前だれ・・・」
背中の男が叫ぶとともに、羽交い締めにされていた腕が緩む。
その瞬間、目の前の男が後ろの方向に大きく引かれたと思うと、サーコートから剣先が出てくる。
虚空を見つめる様にして男の口から血が流れ、崩れ落ちるとともに赤く染まった剣がキラリと目の前を舞う。
その刹那、耳元で「ひゅー」っと空気が抜ける様な音と共に顔に何かがビシャリと飛び散ってきた。
「無事か。」
低い声に問われた。
声の方を見ると白い肌に黒い長い髪の男が絶命しているであろう男の衣服で剣を拭っている。
「・・・あ。あぁ・・・。」
鼓動がうるさくてよく聞き取れなかったけど、安否を問われたのだと思う。
その声の主は、見知った顔だった。
武器屋で会った、あの人だ。
全身黒い鎧を身に着けているので、白い顔が余計に白く見えた。
「・・・あの。おれ・・・。」
目の前の男はキョトンとした顔で言葉を待っている。
その顔を見ていると、なんだか安心してきたのか涙が溢れてきて、足がガクガクと震えて膝から崩れ落ち、へたり込んだ。
「また、会ったな。」
そう言うと男が体を支えて立たせてくれる。
起き上がる時に、顔から涙と共に赤い何かが滴り落ちてきた。
拭き取りたいのに手が震えて余計に顔に塗りたくってしまう。
目の前の壁には血飛沫が飛び散り、床に転がる男の周りには血溜まりができていた。
その血溜まりを踏みながら、路地裏を抜けた。
その後はあまり覚えていない。
ポールの大声が聞こえて、あの黒い髪の人を「ルー」と呼んでいた。
そういえば、リシャールが「ルー」って人は、全身黒色なんだって、言っていた。
それを思い出して、少しだけ笑えた。
今回は血が流れました。
そして、ジャンは泣き虫君ですね。
※読んでなくても内容的に全然大丈夫なR18閑話18.5があります。本編に影響の無い範囲です。興味ある方は活動報告を確認下さい。