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親子に連れられて歩いてみると、少し世界が見えてきた。
ダボついた服装に頭巾。2人の恰好もそうだけど、美術の教科書なんかで見た絵に似ている。
神父様って言っていたし、ヨーロッパだろうか?
しばらく歩くと石積みの基礎に木の壁の民家が見えてきた。
自分の姿を見てみたいから、窓ガラスに映る姿位確認できるかと思ったが、出来なかった。
どうやらこの時代にはガラスすらないらしい。窓はあるが、木の板を開くタイプだ。
前を歩く少年に声をかけてみる。
「ねぇ、少年。」
「オレ、イザック」
「じゃ、イザック。私、変な顔してる?」
「うん? 変な顔はしてないよ。どっちかって言うとカッコイイよ。」
おお。子どもは素直って言うし本当っぽい。
少しニヤニヤしながら顎を撫でる。骨ばった骨格に違和感があるが、すべすべした手触りで髭は生えていない。
まだ生えてないだけだろうか。それとも髭が薄いタイプ?
だとしたら、15から17歳くらいかもしれない。さっきチラッと見た時に腹筋割れてたから運動神経もよさそうだ。
しかもイザックのお父さんと比べても背も低くはないようだった。年齢が私と同じだとしたら、もっと伸びるかもしれない。将来有望だ。やっぱり神様にはお礼言った方がいいのかもしれないな。
「ところで、イザックは何歳なの?」
「オレは9歳だ。」
「あそこで何してたの?」
「父ちゃんには内緒だぞ?」
そう言うとイザックが手招きをするので、歩きながら顔を近づける様に少しかがみこむ。
「剣の稽古してた。オレ、騎士になりたいんだ!」
イザックは鼻息荒く、けれども少し小さな声で囁いてくる。
「騎士?」
「うん。兄ちゃんも騎士になって旅に出たんだ。オレも騎士になりたい!」
ふぅん。騎士かぁ。
騎士と言えば、甲冑着て、剣と盾を持ったアレだよね。
確かに、アレはかっこいいよね。
昔図書室で読んだ本に出てきたな。王子様が戦う物語。すごく好きだったんだよね。
数件の家を通り過ぎる。
家の中は暗い。もちろん、街灯もないし道は土。
文明としては、発達していない気がする。
そんなことを考えながらイザックの話に適当に返事をしながらぽてぽて歩いていると、親子の歩みが止まり、少し恰幅の良い男と話し始めた。
「全裸で転がっているのを息子が見つけてね。神父様の所に連れて行くところだよ。」
「ほう、神父様の所か。それがいいだろう。」
どうでもいいけど、全裸強調しすぎじゃないだろうか。
ちょっと恥ずかしいんだけど。
あれかな。物取りにでも襲われたかとか、そういうのだから情報としては重要なのかな。追いはぎとか暴漢とかへの防犯的な視点からだろうか。
だとしたら私は身包み剥がされて
物凄く可哀想な状況だな。
話している親子と男の後ろの家の影から女が数人覗いているのが見えた。
まるで童話の赤ずきんちゃんの様な恰好だが、やはり服は薄汚れて見える。
それに引き換え親子と話している男は小奇麗な格好に見える。
偉そうな態度といい、村長的な人物なのだろうか。どちらにしろ、身分制度があり、おそらく親子らは農民か下層民だろう。
背筋に冷たいものが走る。
全裸の人間の拾い物なんて、奴隷確定じゃないか。
吐き気がする。
自分の知る限り、奴隷は人間扱いされない。
逃げ出すべきだろうか?
だが、ここで逃げ出したとして、どうなる? 取り合えず、衣服は手に入れているが、文明の発達していない現状のヨーロッパの森なんて危険じゃないか?
赤ずきんちゃんのおばあさんだってオオカミに食べられてしまうんだ。きっと熊とか、野生の動物に襲われる危険性も考えないといけない。
ー無理だ。
奴隷の方がマシ。
せっかく生き返ったのに。助かったのに。また死ぬのは、怖い。痛い。
そう考えると足がガクガクと震えだし、立っていられなくなりそこから意識を手放した。
遠くに母の背中が見えた。
いつもこの背中を見ていた。
声を上げても、服を引っ張っても、振り向いてくれないのは知っている。
独り部屋の中で過ごして、食べ、眠り、また独りで目を覚ます。
たまに帰ってきても、目を合わす事なく、すぐに寝てしまう。
ああ。自分は邪魔な、面倒な生き物なのか。
そう思い、空気の様に気配を消す事に長ける様になった。
学校でも、誰の邪魔にもならない様に。誰の気にも障らない様に。
そんな風に過ごしていたある日、誰かの声が聞こえてきた。
「昨日ね、お母さんに晩御飯を作ってあげたらね、すっごく喜んでくれたんだ。」
そう話す彼女はとても嬉しそうに笑っていた。
何を思ったのか、私も母に作ってみようかと、家庭科の本を見ながら、材料を買い、懸命に母の為に食事を作ってみた。
その日母は帰ってこなかった。
次の日の朝、机に置かれた食事もそのまま、いつ帰って来たのか分らない母が、布団で眠っているのが見えた。
その食事を朝食に食べ、いつもの様に学校に行く。
何も言わずに、扉を閉め、カギをかけて。
ぼんやりとした目の前には、ほのかに照らされた高い天井が見えた。
光の方に目をやると、何本も立てられたろうそくの光の中、痩せた男が本が山積みになった机に座り、何やらペンを走らせている。
視線を天井に戻す。
やはり現実はこちらのほうか。
ゆっくりと体を起こす。
目に入る自分の体は、ごつごつと筋肉質な男の体だ。この状況では男であることは良かったのかもしれない。乱暴されるリスクが少ない。そう思うと安堵から深いため息が出た。
「おお。目が覚めたか。気分はどうだ? スープがあるが飲めるか?」
男が立ち上がり、こちらに近づいてくる。頬は痩けているがタレ目のせいか人のよさそうな顔をしている。そう思うのと同時に腹が鳴った。
部屋にはいい匂いが満ちている。
おそらく彼の言うスープの匂い。多分そのせいであんな夢を見たのだ。
「そうだろう。待っていろ、今持ってきてやろう。」
男はそう言うといそいそと席を立つ。
嫌な夢のせいで気分が悪いのか、本当に体調が悪いのかだるい体を引きずる様に床に足を下ろし、男の向かったキッチンの手前のテーブルに腰掛ける。
小さなひと間の部屋は本棚に書斎、ベッドがあり、そこをカーテンで仕切る様にして、キッチン、テーブルと質素な作りだ。
キョロキョロと眺めていると男が目の前に木のお椀に入った豆の様な物の入ったスープを置いてくれる。味は薄味で、肉は入っていないが、野菜がよく煮えていて空腹には食べやすかった。
「どこから来たのかも、名前も、分からないらしいな。私は教会の神父でピエールと言う。」
男がジョッキを飲みながら話しかけてくる。それにただ頷き、もくもくと食べる。誰かと話しながら食事をするのはなんだか気恥ずかしい。
「うまいか。そうか。まぁ、しばらくここで私の手伝いでもしてもらうとしよう。収穫時期で手が足りないのでちょうどいい。」
「···収穫、ですか?」
そういえば、村に入る前に、畑みたいなのがあった記憶がある。
でも、畑という割には雑草も生えまくってたし、あれでは収穫量はさほどでもないのではないだろうか。ほぼ放置みたいな状態で実がなってるあったの?くらいの印象だ。
「ああ。麦がちょうど収穫の時期でな。村の者も手伝ってくれるが、君の様な若者が手伝ってくれると助かるよ。若者はみな聖地奪還の旅出て行っていて少ないからな。」
「聖地?」
「ああ。わからないか。神の地を脅かす異教徒どもをせん滅する旅に出る事でね。今は誰でも騎士になれる。」
イザックのお兄さんも旅に出たといっていたが、それが聖地奪還の旅か。
神に異教徒に騎士。物騒な時代だな。
もぐもぐと咀嚼しながらふと思った。
誰でも、と神父が言っていたが、私も騎士になれるだろうか。
神父の手伝いは朝、晩の祈り以外はほぼ畑仕事だった。
朝起きて身支度を済ませると教会に向かいミサを行う手伝いをする。
村の人たちは現世で言う、ラジオ体操のごとく教会にやって来て祈りを捧げ帰ってゆく。
それが終われば神父と簡単な食事をする。
その日は私が朝食を作ってみた。
神父は私の作ったスープをうまいと言って食べた。
嬉しくて、恥ずかしくて、実はちょっとだけ涙が出た。
誰かと食べる食事というだけでも美味しいが、格別においしく感じた。
そうして昼すぎぐらいまで畑で働いていると、私を見つけてくれた少年や近所の子どもたちがやって来て、仕事を手伝っているのか邪魔しているのかわからない体で絡んでくる。
畑仕事はキツイが、幸い新しい体は労働に向いているようで、働く事はむしろすがすがしい。
そのうち神父がやって来て、地面に文字を書いて子どもたちに勉強を教え始める。
私もその中に入り少し勉強する。
ここはリベラック城近くのペリゴール伯の領地らしい。
まったくわからない。
とりあえず、字だけなんとなく頭に入れておく。
こうしてあっという間に夕暮れのミサの時間になり、忙しい神父の為に夕食を私が作り、二人で祈り、うまいと言われながら食事をし、寝床につく。
こうして私は帰るべき家を手に入れた。
巡礼と悩みましたが、聖地奪還の旅と表記しました。
「神が求めている」と、一般教徒達も多く旅立たらしいです。
もう数話少し真面目な感じで物語進みます。
表現一部変更。(2023.10.25.)