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ゆらゆらと揺れている。

優しい歌声が遠くで聴こえる。


女性の声。

暖かな背中に頬をひっつけると歌声と振動が響いて聴こえて不思議だ。

これは、この声は聞き覚えがある。幼い頃に亡くなった、祖母の声だ。

幸せな記憶などがあるから辛く思うのだと、彼女を恨み、忘れてしまえと塗り潰した、優しい祖母の記憶。


「よいしょ」


と言う掛け声で身体がふわりと上がる。

背中から肩に移動した顔に祖母の短めの髪が触れて少しくすぐったい。

視界に入る柔らかそうな、歌うたびに動く頬にそっと触れようとしてみた。


「あら。リナちゃん。起きたの?」


その声に慌てて寝たフリをする。

まだ、もう少し、このままがいい。

ゆらゆらと揺れながら、頬に涙が伝った。

いくら固く目を閉じてもポロポロと涙が流れ落ち、祖母の肩口が濡れていく。

これでは起きているのも、泣いているのもバレてしまう。

そう思うのに涙が溢れて止まらなかった。




「ジャン?」


低い声でそう呼ばれて、驚いて目を開いた先にはリシャールの顔があった。


「あれ? リシャール? あれ? おれ? おんぶ?」


外はすっかり暗闇に包まれ、家々の明かりが道を少しだけ照らしている。

祖母の背中だと思ったのはリシャールの背中だった。

それに気が付き、何故か安堵すると同時に、背中が濡れているのに気がついた。


「うわ。リシャールの服ビシャビシャじゃん! どんだけ泣いてたんだ?」

「何だよ、お前、寝てたのかよ! 夢見て泣くんじゃねぇよ! 驚くじゃねぇか。」


そう言うとリシャールは大きなため息をつく。

大きく温かな背中は、膨れて揺れた。

その温かさに再び涙がこぼれそうになり、グリグリと背中に顔をこすりつけた。

硬い繊維の布で顔がヒリつくが、そうすることで涙を堪えることができそうだと思った。


「なんでおれ、リシャールにおんぶされてんの?」

「なんでって、お前。ポールとお前が街に行ったって言うから、さが・・・いや、俺も、あれだ。ちょうどこのあたりに用事があって、歩いてたら、たまたま、お前が寝てるって武器屋のおっさんから聞いて・・・。」

「そっか。もう動けなくなっちゃてさ。めんどくさくなって寝ちゃったんだよね。でも少し寝たから大丈夫。もう自分で歩けるよ。」


そう言ったのだが、リシャールはおれを降ろす気はないらしく、再び歩き始める。


「お前さぁ。動けなくなるまで城の外で手合わせなんかするんじゃねぇよ。しかも店の中庭で。」


リシャールの片手が彼の肩から胸の前に垂らされたおれの手に触れる。

リシャールの手が暖かい。

おれの手がよほど冷えていたらしく、少しこすると、手を口元に近づけ息をほうっと吹き掛けて、再びこする。


「無茶しやがって。冬の日暮れに外で寝るなんて一歩間違えたら命取りだぞ。」

「・・・うん。ごめん。」


たくましいリシャールは片手でもおれを支えられるのだ。

そんな人は手合わせして動けなくなるようなヘマはしないだろうな。

暖められている手がじんわりと感覚を取り戻していく。

本当に、冷え切っていたんだ。

彼の役にたてるどころか、迷惑をかけているじゃないか。

・・・なんだか落ち込んできた。


「相手なら、俺がしてやる。」

「え? リシャールが? ほんとに?」

「仕事は大方片付いた。明日から俺が手合わせしてやる。トーナメントには間に合わないけど、戦には一緒に来てもらわないと困るからな。」

「困る? 戦初心者のおれなんかでも、役にたてる事ある? 」

「ああ。初陣は誰にでもある。戦果なんてもんは生きて帰ってこそ意味がある事だし、おまけみたいなもんだと思えよ。騎士は一人でも多いに越した事はない。あと・・・。俺にはお前の歌が要るんだ。」

「・・・おれの歌?」


聞き返しながら、リシャールの顔を見ると、少し恥ずかしそうな表情をしている。

途端に握られた手がじんじんして、血が脈打っているのが耳の近くまで響いてくるように どく、どく、と鳴る。


「あー。何ていうのかな。お前の歌っていうか、声っていうか。仕草もそうだけど。ずっと視界に入れて、聞いていたいんだよな。耳に気持ちよくて、嫌なこと忘れられるっていうか・・・。だからどこに行くにしても、お前が一緒じゃないと、俺は困る。」


そう言うとリシャールの唇がそっとおれの手に触れる。

手から伝わる柔らかな唇の熱にそのまま頭の中まで侵されそうになる。しかし、それを阻止したのは、先日浴びせられた冷たい言葉。

『あいつは愛妾だ。上手く取り入ったようだが、すぐに飽きられて捨てられるさ。』

実際、そうだと自分でも思っている。

共に風呂に入り、寝所も二人っきり。

愛妾だと言われて否定するほうがおかしい。

だけど。


「お、おれも、リシャールのそばに居たい。だから。強くなりたい! 戦場でもどこでも連れて行ってもらえるように、必要にしてもらえるくらいには、強くなりたいんだ! もちろん、歌ももっと歌えるようになりたいけど、とりあえず、目の前の戦に連れて・・・・! 」


勢い余って上体を起こして叫んでしまい、片手で支えられていた体がバランスを崩し、リシャールの背中からべしゃりと、崩れ落ちた。

気合とは裏腹に、足にも腹にも力が入らず、情けなくも地面に突っ伏したまま、腕だけが威勢を保っている。


「・・・連れて行ってくらさい・・・。」

「はっはっはっは! どこの誰だか知らねぇけど、しこたましごかれたな。俺の手合わせもキツイぞ。大丈夫か?」

「・・・うん。よろしく、お願いします。」


リシャールの背中に再び背負われながら、手合わせの約束をする。

此処の所ずっと思い描いていた事が実現した事もあるが、先程のリシャールの言葉を頭の中で何度も再生しては、顔がニヤニヤとにやけてしまう。

必要としてもらえる事が何より嬉しい。


大きな肩に頬を乗せるようにして、リシャールの横顔を眺めながら、ついでにお願いしてみる。


「おれ、初めて出会ったときにリシャールに歌ってもらった詩、教えてもらいたいんだ。」

「ああ、ダニエルの曲だろ? そういや、お前弟子にしてくれって言ってたもんな。」

「落ち着いたらでいいんだ。まずは目の前の事、クリアしたいから。それが終わってからでいいからさ。剣技も詩も、もっと色々教えて欲しい。」

「ああ。いいぜ。なんでも教えてやるよ。そうだな。今日から始めるか。」


そう言うとリシャールの横顔が不敵に笑った。


「え、今日から?おれ、こんなだけど、出来る?」

「ああ。お前はなんにもしなくていいぞ。俺がヤッてやるから。」


リシャールがおもむろにケツをモミモミと揉みしだくと、半ば走る様にステップを踏みながら城に向かう。

その彼の背中で上下に揺れながら、前途に不安を抱えるのであった。





おんぶは五感や筋肉への刺激を与え、その刺激に神経細胞同士が結合し脳の発達へとつながるそうです。

ジャンもまだまだ成長期ですので。ええ。このあとの刺激もしっかりと脳を発達させることになるでしょう(アーメン)

※読んでなくても内容的に全然大丈夫なR18閑話18.5があります。本編に影響の無い範囲です。興味ある方は活動報告を確認下さい。

一部削除(2024.07.07.)

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