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店主が適当な事を言い始める。


慌てて店主につかまり、口を塞ごうとするも、自分より大柄の店主を抑えることはできずに、おれにウインクすると、小声で『任せろって』と言っている。


いやいや。

こんなキレイな男の人に声かけるなんて、ナンパしてるみたいじゃないか。

しかし、よく考えて見ると、剣振ってみろっていうのはナンパではないか。

無茶振り?

いきなり初対面でそんなこと言って大丈夫なんだろうか。


声をかけられた長髪の男は少し不思議そうな顔をしたが、無言で近づいてくると、店主が壁から外した剣を受け取る。

確かに店主の言う通り、大剣を持っても引けをとらない。

むしろ剣を持っただけで、背中にゾワリっと震えが走る様な雰囲気が漂っていた。


「お。兄ちゃん、やってくれるか! いい男だねぇ! 中庭があるから、頼むよ。そこの右の奥だ。」


店の奥には共同の中庭になっており、剣を振れるスペースが少しあった。

男はやる気のなさそうな雰囲気で中庭に入ると、大ぶりの剣を片手で持ち胸の前で祈るように縦に構えると静かに腰を落とす。

その瞬間にピリリと空気が震撼するかのような錯覚に陥る。

男から殺気のようなモノが発せられているのだろうか。

木陰で遊んでいた鳥が飛び立つ羽音が響く。

息を吐く音とともに、剣を構える男の目は鋭く深い色になっていく。

そして柄を両手で掴んだと思った瞬間には大きく横に振り切っていた。

その勢いのまま剣先が円を描くようにぶわりと回ると共にその中心にある男の体はくるりと一回転し、そのまま剣先が頭上から地面に真っ直ぐに打ち下ろされる。

ズッと斜めに深く剣先が地面に刺さり、男の動きも止まる。


「やはり、重すぎるな。」


乱れた髪を振り払いながら男が地面から剣を抜く。


『すっげぇぇぇ。』


派手な太刀筋に興奮しながらおれは店主と何故かハイタッチしながら歓声を上げていた。


「兄ちゃん、すげーな! 全然使いこなせそうじゃねぇか! 」

「まじで、かっこいい!! もっと他の技見たい! 」


そんなおれたちの反応にため息を付きながら、剣を店主に付き出した。


「素人か。お前らは。戦場じゃあんなもん役に立たねぇよ。一発目で反撃食らって終わりだろ。あんなの。まぁ、でも訓練次第じゃ使えなくもねぇかな? ただ馬上じゃ無理だな・・・。」


手慣れの戦士だったのだろうか。

やはり、実践で戦ったことがある素振りだ。

ブツブツと何やら一人で呟いていたが、思い出したかのようにおれをジロジロとなにか見定めるように見ると、突然腕を掴んできた。


「え? な、なに?」

「おいおい、大丈夫か? 喧嘩はやめろよ?」


店主が慌てて、男とおれの間に入ってきてくれるが、男はそんなことには全く気にした素振りも見せずに今度は反対側の腕を掴む。

いや、掴むというより、握る、と言ったらいいだろうか。


「お前、剣士か? 鍛えた腕してるじゃないか。いくつだ?」

「お、おれは、騎士です! 歳は18! 」

「何だ坊主、お前騎士か! あはっは。見えねぇなぁ! こないだ乳離れしたばっかりなんじゃねぇのか? 」

「なんだよ! おやじぃ! 失礼だろ! こないだ誓ったばっかりの正真正銘の騎士だ! 」


ニヤニヤと笑いながら店主がおれの肩を小突いてくる。

その手を払いながらぷりぷりと怒っていると男が驚いた顔をして握っていた両腕を話して、顔を見ていた。


「なに?」

「いや、すっかり親子なんだと思っていたんだ。まさか、お前たちまさか、初対面同士なのか?」

「お兄さんまで・・・。おれ、そんなに童顔なのかなぁ。そりゃまだ背はみんなより低いけどさぁ・・・。」

「あっはっは。まぁ、息子と呼んでやってもいいがなぁ。ああ。そうだ、兄ちゃん。お前さん剣の腕は確かと見た。こいつに少し稽古つけてやってくれよ。まだ剣も選べねぇひよっこだからよぉ。」

「おやじぃ!! 余計なこと言うなって!! 」

「剣? 選べないのか? 」

「え? あ、いや、まぁ・・・。その・・・。」


そう口ごもっていると、店主が店から適当な剣を2本取ると、投げてよこす。


「ほら、一汗かかせてもらってこい! 息子ぉ! 」

「うるせぇよ。息子って呼ぶな! 」


店主から2本の剣を受け取りながら軽口を叩くが、内心ドキドキが止まらない。

忙しいクリスマスが終わり穏やかな日常に戻ったのに、目の前にたくさんの騎士たちがいるなか、なんだか気後れしてしまって、手合わせをしてもらったことがなかったのだった。

騎士ウィリアムがいてみんな夢中だったせいで、素人を相手にしてもらう空気がなかったのもあるが、実は最初の手合わせはリシャールが良いと思っていたのもある。

城内の浮ついた空気で忘れていたが、戦が目の前にあるのだ。

そんな甘っちょろいこと言っている場合じゃなかったのに。

どんな機会でも、誰とでも、手合わせすべきだったのだ。

そして、今目の前にいる、必要以上に殺気の出せる男など、願ってもないチャンスなのだ。

剣を男に渡しながら、しっかりと目を見てこのチャンスを逃さないように頼みこむ。


「お願いします!!」


男は意外そうな顔を一瞬するが、すぐに表情を崩すと少し笑った。


「わかった。」





おれは少し後悔していた。

突っ伏して倒れ込んでいた体をどうにか動かしてみる。

目の前には四角く切り抜かれた星空が見えた。

冷たい1月の風が泥まみれの顔を撫でていくのが気持ちがいい。

ゆるゆると腕を上げてみるが、手は震えていて、何も掴めそうにない。

そしてもう、一歩も動けそうもない。

素人がいきなりチャンピオンに手合わせをお願いしてしまったようだ。

しかもチャンピオンは手を抜かない主義ときた。


「・・・チャンピオン、強ぇー。」


どうにか絞り出した声に、反応がある。


「はは。チャンピオンか。・・・お前、素質は悪くないと思うぜ。まぁ、頑張れよ。オレはそろそろ帰るぞ? 」


笑い声と共にコツンと腰のあたりを足でこづかれ、慌てて体力を振り絞って上体を起こす。


「ありがとうございました! あの、おれアクテヌ公付の騎士、ジャンって言います。」


起き上がるまで待ってくれていた男は少し目を見開くと、くるりと背を向けて歩き出した。


「あ、あの、また良かったら手合わせしてもらえますか? 」


背中に話しかけると、腕が上がり、手がひらひらと動いた。


「ああ、また、会えたらなぁ。」


そう言うと、店の中に入って行った。

店では店主が大きな声で挨拶をしてくれているようだった。


「ホントの親父かよ。」


乾いた笑いが溢れたが、それが最後の気力だったらしい。

疲れ果ててそのままゴロリと寝転がると四角い星空を眺める。


そういえば、名前も素性も知らないのに、また会えたりするのだろうか。

ひょっとして常連さんとかなのかな。

親父に聞いてみないといけないな。


そうして、そこから重いまぶたを開ける努力を放棄して落ちるように眠りについた。












 












ジャンがワンコすぎる。リシャールが心配するのわかるわー。




一部数字変更(2023.11.02.)

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