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2階の大広間が祝賀行事の会場だった。

それはボルドーの城で一番広い部屋で、玄関ホールから伸びる階段を上り、小部屋を抜けた先にある。

部屋に入ると、木々の強い芳香と緑に目を奪われる。

沢山の木々が部屋中の壁、窓、あらゆるところを飾りたてている。

木々にはリボンや赤や青い実が飾られ、その間には蝋燭が置かれ、部屋を幻想的に照らしている。

クリスマスツリーはまだ存在していないらしいが、まるでクリスマスツリーの中に入り込んでしまったような錯覚になるほど、木々の匂いと色とりどりの飾りで祝宴ムードは否応なく盛り上がる。

部屋の中央には大きなテーブルが置かれてた。

その前にはアーチが作られ、やどりぎを中心に色とりどりに飾られている。

ポールの話によればこのアーチの下をくぐる瞬間に傍に居る人とキスをするのがルールらしい。

そして主賓席の側にはひと際大きな蝋燭が置かれている。

この蠟燭は祝賀が始まれば灯される特別な物らしい。

色々な色彩で層を造り太く豪華なそれは一年かけてこの日のために作られる物だと聞いている。

台座は、ひいらぎで囲まれていて、薄い金属で作られた飾りが付けられている。

それらを多くの使用人達の手によって丁寧に作り上げられ、着々とクリスマスの準備が進んでいく。

数日前にポール達と向った森で大量に取った木々がこうなるのかと感嘆していると後ろからポールの呼び声が聞こえた。


「ジャン! お前の衣装だ。ちょっと着てみろよ。」


どうやらおれは、ファーストフットという役をやらされるらしい。

クリスマスの祝賀会の始まりを踊り歌いながら告げる役だとか。

歌は実は得意なのだ。

神父様にも褒められたし。


そう思いながら袖を通す。

全身緑の衣服ににそしてトンガリ帽子。

持たされる針葉樹の葉。


「えー。おれこの格好やだ。」

「お前、ハッキリ言い過ぎだろ。」


笑いながらポールは足元にしゃがみ込むと鈴の付いたベルト足首に付ける。


「マジで? コレで歌って踊って主賓の前に行けと?」

「くっくっく。嫌がる奴にコレ着けるの、最高に楽しいんだよな~。」

「えぇぇ。」


心底嫌そうな顔をするも、ポールを喜ばすばかりか、本番さながらやってみろと言われる。

本当は人前で歌うのは苦手なのだが、先日リシャールの傍に居たいと誓ったばかりだし、できる事はやらねば自分の居場所なんて確保出来ない世界だ。

諦めて催促されるまま覚えたばかりの旋律を歌う。

歌い始めると恥ずかしい気持ちが薄れ、足首の鈴の音を楽器に小気味よくステップを踏みながら誰も座っていない主賓席に向かい披露する。

一通りやり終えてやたら静かな事に気が付いて後ろを振り返ると、準備をしていたはずの使用人は作業する手を止め、やからかう気満々だったポールまでもがぽかんとした顔をしていた。


恥ずかし。やり過ぎたのかな。


そう思っていると、使用人たちが ワッ!! っと手を叩きもう一度やれと言い始める。

みんな、以前、宿屋でリシャールが詩を披露した時の様な顔をしていた。

何だか嬉しくなったので、今度は主賓席ではなく、皆の居る方向に向かって同じように歌って見せた。

今度は2回目だけあって、踊りも鈴の音も歌も、いい具合の演奏加減だ。

手拍子を求めると皆嬉しそうに答えてくれる。

そのうち誰かが一緒に歌いだし、つられる様に幾人かが踊りだし、いつの間にか誰とも構わず肩を抱き、大広間は宴会場の様になっていった。

皆、このクリスマスの時期を心待ちにしているのだ。

一年しかこの世界に居ないとは言え、身に染みて仕事の辛さがわかる。

畑仕事の辛さ。

農具道具といっても最低限の物で、肥料という物も存在しない。

衣服も簡素な物で、流れる水は冬には凍える冷たさになる。

電気もなければ、飲み水もないこの世界で天気次第では、食事にありつける事も叶わない現実。

そんな中で、クリスマスは、自分たちも多少労働なり、食料を持ち込まねばならないが、領主や王の催す祝宴に身分を問わず参加することが出来るのだ。


大広間にポールの大声が響き渡る。


「おい。お前ら。王からのお許しが出たぞ。今日はお前たちとの宴会と決まった。酒と食料を持て。」


いつの間にやら大広間には人が集まり始めており、大広間の入り口にはリシャールの姿が見える。

ここ2日ほど飛び回る様に忙しくしているらしく、久々に顔を見た気がする。

彼は畏怖堂々とといった雰囲気で中央にやって来ると、大きな声でまるで雄たけびの様に叫ぶ。


「今日がお前たちのクリスマスだ。皆、飲んで騒げ!」


その声の合図とともに歓声が起き、どこからかリュートの音が流れ始める。

いつ準備されたのか、食事と飲み物が運び込まれ、至る所で祝杯が挙げられる。

そのさなか、立派な服を着たリシャールが にやり と笑いながらこちらにやって来る。

相変わらず不敵な笑みだが、かえってその表情に安心する。

恰好は違えど、変わらない。

そう。

今自分も道化師の様な恰好をしている。

けれど、先日誓ったばかりだ。

リシャールの騎士になると。

この王に仕えると。

サンタンドレ教会で、ボルドーまで連れてきてくれたトマの見守ってくれている中、王たる風格のリシャールの前に跪き、両手を合わせて身を捧げた手を彼の手で包まれながら、誓ったのだ。


『我、我が主君に従属する者となり、生命と身体にかけて我が主君に忠誠の誓いを全うすることを、信仰をかけて誓う。』


信仰とは程遠い生活からこの世界に入りこんだが、荘厳な神聖な空気のかな、発する言葉と共に今まで持っていなかった神に誓うという信仰が芽生えた瞬間だった。


リシャールのあたたかな手がとんがり帽子を奪うと、頭を撫でる。


笑うとくしゃりと柔らかい表情に変わるリシャールは、今は王には見えない。

数日会ってないだけなのにもうずいぶん離れていたかの様な気持ちになる。


「なんだか、久しぶりだね。リシャール」

「おう。城の奴らにも秘密で今日の宴会進めてたからな。皆喜んでるな。」


頭にのせられた手を握ると、大きな手で更に包み込むように握り返してくる。


「ジャンのおかげで最高の祝杯が出来た。お前、歌上手いんだな。すげぇな。びっくりしたよ。」

「何だ。最初から聞いてたんだ。えへへ。そうかな。なんか、恥ずかしいよ。面と向かってほめられると。」


照れて笑っていると、ポールがやってきて体当たりしてくる。

そしてワインをリシャールに手渡しながら豪快に笑っている。


「オレもびっくりしたよ。からかってやろうと思ったのに。うまい事隠してやがったな。ジャン。」

「ファーストフットとしては最高の人選だったな。今回は俺が主宰する始めてのクリスマスだ。ジャンが居てくれてよかったよ。当日は主賓を驚かしてやろう。まぁ。俺の兄貴だけどな。」


リシャールはそう言いながら、豪奢な造りの主賓席の椅子にドカリと座る。


長い足を組み片手にワインの入ったカップを持っているその姿は、良い恰好をしているせいで心臓が止まりそうになるほどかっこいい。

そんな彼に褒められると天に舞うほど嬉しくて、ほころぶ顔を俯いて隠すのが精いっぱいだ。


「え。アンリ様が来るのか。じゃぁひょっとして・・・。」


驚いた声で、正気に戻る。

アンリ?とは俺の兄貴というセリフから拾われたものだよな。


「ああ。ウィリアムも来る。」

「まじかぁ! ルーにも言っておかないといけないな。オレ、ちょっとルーの所行ってくるわ!」


そう言うと、相変わらずのポールは疾風のごとく消えてゆく。


「さっきポールが言ってたアンリって、前に話してくれたお兄さんの事でしょう? ウィリアム?」

「ああ。アンリの剣の指南役で騎士の中の騎士と言われてる男だ。ルーが珍しく心酔してるんだ。あの、不愛想がな。くっくっく」


ルーとは、指輪をくれた時に話してくれた人物だ。

話は聞くのにいまだに姿を見た事はない。

黒ずくめで、不愛想で群れない性格らしいが、ポールの様子からすると二人は仲がよさそうだ。


「じゃ、ルーもクリスマスの祝賀会は来るのかな。」

「どうかな。それはそれで面白いな。カケしようぜ。俺は来る方にカケる。お前は来ない方にカケるだろ?」

「え。おれも早く会ってみたいから来る方にカケたいんだけど。」

「何だよ。それじゃカケにならないだろ。お前は来ない方にカケろよ。」

「やだよ。そもそもおれカケられる物持ってないもん。」

「あー。じゃぁさ。俺が勝ったら今度外で誘っても断んなよ。」

「は?やだよ。まだ根に持ってんの? 外はヤダって言ってんじゃん。カケにすんなよ。ってかまたかよ。セクハラ親父め。」

「セクハラ親父? ってなんだ? 」


そう聞いてくるリシャールの顔があまりに間抜けで、思わず吹き出してしまった。











クリスマスに間に合いました。

次回は火曜日13時ですが、出来たら、更新したいです。(願望)


セルフ一部修正(2023.04.13.)




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