14
大きな音の出るベルか部屋に響き渡ると、扉が開き女性が姿を現した。
「飯。有るならここに持ってきてくれるか?」
「かしこまりました。」
そう短く答えると女性は扉から出ていく。
「ジャン。お前、動けねぇだろ?」
「・・・ん・・・。」
答えようと開く唇にリシャールの唇が重なる。
「・・・お前は、なんというか。アレだな。・・・かわいいな。」
リシャールの照れた笑顔がまぶしい。
どんな、なんのきっかけなのか解らないし、かわいいなんて今まで一度も言われたことない。
何より照れながら言わないでくれ!
恥ずかしさがこみあげてきて布団に顔をうずめる。
すると布団の上からリシャールが抱きしめてくれるので、腕だけ布団から出してリシャールの逞しい背中に手を回した。
なんだか身体の間に布団があるのがもどかしく、布団から顔を出すとそっとリシャールに口づけする。
自分から誰かに触れるなどの経験がなく、行動に自信が持てずにリシャールの顔を覗うと、穏やかに微笑んでいた。
今のは許されるのか。
そう思うと、胸の底から笑いがこみ上げ体がふわりと暖かくなる。
けだるさでこれ以上動けないのだが、まるで体が綿菓子になったようにふわふわと甘ったるく感じる。
それが心地いい。
何なんだろう。この気持ちは。
解らないままリシャールの体をもう一度強く抱きしめると、いつものように頭に大きな手が乗せられた。
ずっとこのままで居たい。
そんなことを考えていると、先程の女性が食事を持ってきてくれた。
ベットの上で食事をしながら少し心配になり、食事を終えエールをがぶがぶと飲んでいるリシャールに聞いてみる。
「リシャール、大丈夫なの? こんなお城で勝手な事して。報告もまだなんでしょ? それともポールが報告はしてくれてるとか?」
「ん?」
「宿屋のおかみさんみたいに、城主の人に怒られちゃうんじゃない?」
「ぶははは。ああ。そうだな。母上が居たら怒られるかもなぁ。」
「ん?」
くっくと笑いながらリシャールが私の頭を撫でる。
「?」
おかしそうに笑うリシャールはエールの入っているコップを私に渡すと、ベットから立ち上がる。
「そうだな。そろそろ報告してくるか。ジャン。ここでしばらく寝てていい。そのうちポールを寄こす。」
そう言うとそのまま足早に部屋を出て行った。
お腹が満たされ、いつの間にか眠っていた様で、ノック音と同時に扉の開く音で驚いて目が覚めた。
「ジャン。寝ていたのか。悪いな。」
「・・・びっくりするよ。ポール。それノックの意味ある?何とかなんないのかよ。」
文句を言うがポールはそんなことはお構いなしに話を続ける。
「お前のオマージュの日程が決まったぞ。」
「え?」
「リシャールに忠誠を誓うんだろ?」
「あ。うん。それはもちろん。」
オマージュとは、以前リベラックで神父様と父と子の誓いをして騎士になることを許された時した、アレのはず。
今度はリシャールとキスするのかな。
いや。何度かしてるけど、人前でするのなんか恥ずかしいな。
「簡易でもいいとは思うが、まぁ箔をつける意味合いの方が大きいな。リシャールの随従ともなるとねたまれることも多いからな。」
「へぇ。やっぱ、リシャール人気者なんだ。」
「・・・お前。もしかして、知らないのか?」
「え? 何を?」
「あっはっは。お前、何にも知らないでここで寝てたのかよ。その図太い神経がうらやましいな。」
「ちょ、なんだよ。それ。知らないよ。教えてくれよポール。・・・やっぱりリシャール怒られちゃったの? 勝手に部屋使っちゃったのバレたの? おれも怒られちゃう?」
びくびくしてポールにしがみつく。
そして気が付く。
全裸だった。
急いでその辺の布団を腰に巻き付けながら、焦ってポールを見上げると、ポールは腹を抱えて笑っている。
ポールは笑い上戸だな。
「ポ、ポール?」
「あぁ。悪い悪い。服、持ってきてやったぞ。」
そう言って渡されたきれいな服をモソモソと着ながら再び質問する。
「どういう事だよ? 笑ってないで教えてくれよ。」
「あぁ。悪い。悪い。お前は怒られねぇから、大丈夫だ。ここはリシャールの城だからな。アイツはここ、ボルドーを中心とするアクテヌ公国の公爵だからなぁ。」
「・・・は?」
再び爆笑するポール。
私はもう一度言われた言葉を反芻する。
ここはリシャールの城?
以前神父から教えてもらった話では確か、リベラックもボルドーもピルテジュネ家の数ある支配下の内の1つで、ボルドーはアクテヌ公国の首都と言っていた。
そのボルドーの城に住んでるのが公爵様で、公って事は支配一族の親族が名乗る事の許されている称号って言っていた気がする。
てことは?
王家の親族って事?
「え? ポール? リシャールって、すっごく偉い人なの? 教会の塀から脱走してたけど? あれでも?」
「あっはっは。みっともねぇよなぁ。アイツ。あはは!」
「はッ! ひょっとしてポールも偉い人? よく見たらいい恰好してる! 」
「オレか? そんな事ねぇよ。アイツとはまぁ親戚にはなるが。俺は次男で一文無しだからなぁ。爵位もねぇから偉かねぇよ。」
「爵位って・・・。そ、そうなの? ・・・そうなんだ。ってことは、おれみたいな人間が出会っていいような人じゃなかったって事? おれ、ここに居ても大丈夫?」
自問自答の様ににつぶやきながら、体の中から叫ぶ声に気が付き驚く。
イヤダ。
激しく鼓動が胸を打ち付け始める。
自分の先ほどのセリフが頭をめぐる。
「オレミタイナ人間ガ出会ッテイイヨウナ人ジャナカッタ。」
イヤダ。
体のどこかでまた叫ぶ声が聞こえる。
手が、唇が、震える。
目の前が真っ暗になりかけた時、ポールの声が聞こえた。
「ジャン。それ。リシャールには言うなよ。」
「え?」
現実に引き戻されるように、目の前で真面目な顔をするポールを見つめる。
「アイツはアイツなりに色々あるんだ。覇者である父親をひどく嫌っているからな。所詮アイツもオレと同じ次男、ヤンガーサンだ。それを取り上げて揶揄する声はあまたある。その中で育って、破落戸みたいなオレ達を拾い上げ、ここまで来てるんだ。それがどういう事かわかるか?」
いつになく真面目なポールの目は、逸らすことを許さない強さがあった。
「わ、分かりません。」
「次男に生まれたからだとか、パン屋に生まれたからとか、そんな事関係ないんだよ。そこにある、自分の使える道具だけで、倒すべき敵に立ち向かっていくしかないんだ、オレ達は。少なくとも、オレもアイツもそうやって今まで生きてきた。お前は何が使える?」
「おれが、使えるもの?」
「そうだ。無いなら、考えろ。自分の使えるもの。ここに居たいならな。アイツの傍に居るのは、はっきり言って簡単ではない。傍に居るのもお前の意思なら、去るのもお前の意思だ。思う様にすれば良い。どうする?」
そう問われ、咄嗟に答えていた。
「リシャールの傍に居たい。」
ポールは破顔すると私のオデコを人差し指で突く。
「よし。いいだろう。クリスマスの祝宴の前にオマージュだからな。」
「え? クリスマス? 」
「ああ。めんどくせぇけど、この辺の領主も呼んで盛大にする。その余興の一つとして、お前のオマージュもやるから、そこそこ盛大になるだろうな。」
「ええぇぇ。」
「毎年アイツのおふくろの所でクリスマスは過ごすんだが、今は内乱の兆しがあるから、ここを離れる訳にいかない。この城でオレ達でのんびりとやろうぜ。」
そうか。クリスマスか。もうそんな時期だよな。
そんなことを考えているとポールがもう一度額を突く。
「お前手伝えよ。準備が結構大変なんだから。明日は森に木を取りに行くぞ。」
「もみの木取りに行くの?」
「? もみの木は取らねぇよ。あんなでかいの持って帰れねぇだろ。ひいらぎ、月桂樹、いちい、やどり木だ。」
「え。結構いっぱいあるね。」
「おぅ。だから大変だっつったろ。大広間を全部埋め尽くすからなぁ。じゃ、明日までには動けるようにしとけよ。」
そう言い残してポールは慌ただしく出ていった。
ベットに座り、虚空を見つめる。
覇者である父親を嫌っている。
ポールはそう言っていた。
リシャールのお父さんはここ、ボルドー含め広大な領地を支配するピルテジュネ家の一員で、覇者って事は王様?
ピルテジュネ王って事か?
そ、壮大すぎてよくわからない。
そしてリシャールはその人の次男で、公爵で、いわゆる王位継承権第二の王子とかそういう事になるんだろう。
現世で夢中で読んでいた漫画みたいだ。
・・・ガラが悪すぎるし、エロいし、全然王子様に見えないけど・・・。
以前お兄さんの話をしていたが、仲が悪い印象はなかったし、妹さんとも仲が良さそうで、お母さんといつもクリスマスを過ごしているってことは、お父さんとだけ仲が悪いって事なのだろうか。
そしてポールの言葉。
リシャールの側にいることは簡単ではない。
その為に自分の使える物を探せ。
そう言っていた。
リシャールは権威を振りかざす様なタイプではなく、むしろ対等に接する事を好む。
そして、そんなリシャールの側に居られる人間である為には、自分の使える物で自分の居場所を、自分自身の武器を手にしろという事だ。
周りの人間に身分だ何だと言わせない為に。
騎士なら剣なら腕を磨き、ジョングルールなら音楽を。
トルパドールを目指すならその両方を。
ついにクリスマス。
次の更新は
間に合えば
12/23(金)13時の予定です。
間に合いますように。
※ジョングルールの名前を間違えていたのて訂正しました。2022.12.21.