12
宿屋に帰ったころにはもうすっかり夜になっていた。
食堂にはポールが食事を終えワインを飲んでいる。
「おう。どうだった?」
「ポール聞いてよ!すごかったんだよ。温泉。」
出だしは変な男のせいで悪かったのだが、建物の中に入ってからはすこぶる楽しかったのだ。
建物の中に入ると天井の高くいくつかの部屋に別れ、蒸し風呂の様な状態で冷水のプールの部屋や、温水のプールの部屋、オイルの部屋など多岐にわたっているのだ。中には本を読んだり、ゲームに興じたり各々自由に過ごしており、ちょっとしたレジャー施設の様な場所だった。
むろん風呂場なので、みな裸。
裸の呪いなど気にせず過ごせることが何より気が楽だ。
「パンも売ってたんだよ。はい。土産!」
そう言うとポールに温泉で買ったパンを渡す。
興奮して鼻息の荒い私の話を黙って聞いていたポールは、くっくっと笑うとオデコをびしっと人差し指でついてきた。
「お前、楽しみすぎだろ。」
「もう、はしゃいじゃって、はしゃいじゃって。ジャンはまだまだお子様だな。」
くすくすと笑うリシャールは、ワインを飲みながら相変わらず私の頭をわしゃわしゃとかき乱す。
だって、しょうがないじゃないか。
前の世界でもレジャー施設なんて行った経験ないんだし。
なんだか、二人でデートしてるみたいで、少し嬉しかったんだ。
少しむくれながら、髪を整え、テーブルに置かれる食事に手を付ける。
「明日はどうする? 」
「ああ。明日はアドゥール川付近にでも行くか。」
「市の立つ日ではないけどいいか?」
「しかたあるまい。」
2人の会話を聞いていると、どう見ても観光している様にしか見えない。
何か根拠があっての行動なのだろうとは思うが、こんな食堂で込み入った話をするわけにいかないのだろう。
明日は川かぁ。視察楽しいな。
こうして、観光という名の視察をしつつ、3日目の朝となった。
目の前には黒い馬、茶色い馬。まだらな馬が狭い柵の中を歩いたり、草を食んだりしている。
リシャールの怪我は本当に回復が早く、まだ2週間たってないのに、もう馬にも乗れるらしく、彼を乗せた馬は手綱を引かれるままにゆったりと柵の中で歩みを進めている。
順調に馬を乗りこなしているが、走らせるとまだ怪我に響くらしく、とりあえず一匹の馬を調達し、それをリシャールと二人で乗って帰ることになっていた。
ポールはもちろん朝起きると早々に食事を済ませ、先に馬を走らせて帰ってしまっている。
リシャールと遅ればせながらも簡単に食事を済ませると、二人で乗る馬を買いに来たのだ。
柵の外から見ていると、リシャールが乗馬したまま近づいてくる。
「お前の馬になるんだ。気の合うやつを選べよ。こいつはどうだ?」
「え?リシャールはいらないの?」
「俺には相棒がすでにいるからな。お前が使う馬になる。」
馬はトーナメントで手に入れろと、ペトロスに教わっていたが、お金で解決できるならそれに越したことはない。
リシャールの仕えている人は裕福なのか、よほど急いでいるのか。しかしどちらにしても、お金にそんなに困っていないのは確かなのだろう。
私は馬には乗ったことがないのだが、リシャールと帰りがてら教えてもらうという事になっていたのだ。
気が合うも何も、見るのも触るのも初めてで、どうしろというのだろう。
オロオロしているとリシャールが馬から降りると手招きをする。
「来いよ。ほら。撫でてやるんだ。怖がってるとダメだ。嘗められるからな。」
言われるがまま柵の中に入り、先ほどまで彼を乗せていた馬の首筋を恐る恐る撫でてみる。
少し触れると、ブルルっと低く嘶く。
何だか、嫌がられている気がする。
もう一度触ろうとすると、後ろから誰かが脇を突き上げ腕を持ち上げた。
びっくりして振り向くと,まだらな模様の馬が脇に鼻を突っ込んでいる。
「何だ。こいつ。ははは。ジャンより賢そうだな。ほら。お前に乗ってほしいんじゃないか?こいつ。」
そう笑いながらリシャールが乗ってみろと体を引き寄せ鐙に足を掛けさせ、一気に馬の体に乗せられる。
思いの外の高さに少し焦るが、乗せてくれている馬が落ち着いているせいか、しばらくすると慣れてくる。
トン、と腹に鐙を当てるとゆっくりと歩きだした。
バランスが取れず、ゆらゆらと上体を揺らしていたが、次第にコツを掴むと馬との一体感が感じられるようになってきた。
「リシャール。この子。この子がいい!!」
リシャールの手を借りながら降りると、興奮気味に主張する。
首筋を撫でなると嬉しそうに首を手に摺り寄せてくれるしぐさがまたかわいい。
「ノリーカーのメスだな。ちなみに俺のはデストリアだ。」
リシャールが自慢げによくわからない事を言って馬屋の店主を驚かしているが、とりあえずこのかわいい子はメスらしい。
ポールから馬調達資金を預かっていたのでそこから支払う。
そこそこの値段だったが、これで正真正銘私の馬となるのだ。
何だか嬉しくなって、馬の毛並みを撫でる。
「リシャールでかくて重いけど、二人をしっかり乗せてくれるよね。」
「俺のラトロワならジャンも余裕で乗せられるんだがな。こいつはどうかな。ちなみにラトロワはジャンの髪の色の様に黒いんだがお前と違って毛並みが・・・」
リシャールは馬が好きなようだ。
自分の馬と私を比べながら熱心にし始めている。
ピクリと撫でている馬の首が反応するのを感じる。
ああ。わかるよ。なんとなく、リシャールがマウント取ってきてるよね。
「ポチ。気にしないでね。ちょっとうるさいけど、悪い奴じゃないから。お前のこのまだら柄も個性的でかわいいよ。ダルネシアンみたいだね。」
「プチか。もう名前つけたのか。良い名だな。」
ポチという語感はリシャールにはプチと聞こえるらしい。
「あんまりラトロワ、ラトロワって言ってるとポチがリシャールの事乗せてくれなくなっちゃうんじゃない?」
「俺は馬に嫌われたことないから大丈夫だ。どれ貸してみろ。」
そう言うとポチの手綱を私の手から取り、引っ張る。
するとポチは期待通り一ミリも動こうとしない。
「ん? 何だ。こいつ?」
首をかしげながら鐙に足を掛けようとするリシャールだが、ポチがスッと動いて鐙に足を掛けさせない。
「ッチ。おい。なんだこいつ。生意気だな。」
「あははは。ほら。だから言ったじゃん。ポチの機嫌悪くなったんだよ。あんまり悪く言わない事だね。1人で歩いて帰る羽目になるよ。」
「何だよ。まだ初心者のくせに。まぁ、俺も走らせると骨に響くから出来ねえけど。ジャン、俺を乗せる様にコイツ説得してくれよ。」
そうしてポチをなだめすかしてようやくリシャールを跨がせると、その体の前に引き上げてもらい二人で乗馬する。
大きなリシャールにすっぽり包まれるようにして、後ろから手綱を操ってくれているのだが、ここの所ポールがいたので、あまり密着していなかったせいからか、目の前のごつごつとした大きな手や、鎧越しの固い胸板、密着した腰回りなど、妙に意識してしまい、耳が熱くなる。
城壁を抜け、石畳が土に代わる頃、ようやく口を開く。
「・・・ねぇ。リシャール。・・・なんか、腰のあたりにゴリゴリ当たってんだけどさぁ・・・。」
「おう。勃った。お前も耳、真っ赤だぞ。」
リシャールの低い声が耳元でささやくとベロリと耳を舐め上げる。
「ひゃぁぁ。ちょ、ちょっと、リシャール!!」
「俺のもう、バッキバッキなんだけど、ちょっと、お前の確認させろよ。」
そう言うと片手に手綱を持ち替えあいた手で服の中に手を入れてくる。
「あぁぁ。ちょ!やめぇ・・・」
ピタリ。
「?」
「?」
満を持しての馬が登場です。誰も待ってないか。
次回更新はいつもより早いめの
12月16日(金)13時です。
クリスマス間に合わせたいので、頑張ります。