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「・・・あんたら、ほんと遊びに来てんじゃねぇぞ。何してんの?」

「おう。ポール。温泉行ってくる。」


温泉?

温泉っつった?


自分の耳を疑いながら、リシャールを凝視していると彼ははもう一度その言葉を口にする。


「視察はどうすんだよ。」

「するって言ってんだよ。視察に決まってんだろ。温泉行くのも。」

「はぁー。まったく。はいはい。分ったよ。あんたにゃ何言っても無駄って分ってるよ。宿屋はソコの角にとってある。奥の部屋な。」

「ああ。これと荷物も頼む。」


リシャールは自分の財布やら荷物を私の物と共に奪うとポールに渡し身軽になるとさっさと歩きだす。

機嫌よさげにしているリシャールを追いかけ、袖を引っ張って聞いてみる。


「温泉があるの?」

「おう。ここは古いテルマエが残ってるんだよ。面白いぞ。」

「へぇ。それで観光地みたいなんだ。」

「巡礼の途中の街でもあるからな。いくらでも金を落とさせる方法は考えつくが、ここはそれにも増して湯が出るからな。あ。ほら、見えてきたぞ。」


目の前に石作りの大きな建物が見えている。

高さはないが、教会2個分くらいほどの広さがある。

数段の階段を上りきると上部が半ドーム状になった入り口があり、装飾の施された柱がいくつも立っている。

ここに来て今まで見てきた建物は鋭角的な形の物が多いので柔らかな円のフォルムが、温泉という響きと相まって気持ちを優しく和ませる。

しかし、そんな思いはすぐに覆される。

脱衣所があり、その先にお風呂があるのだろうと気が付かぬ間に想像していたのだろうが、そうではなかったのだ。

入り口を抜けると、目の前には中庭が広がり、その中心はグランドの様な広場になっており、大勢の若い男どもが半裸の状態でボールを奪い合っている。


「ジャン、金。」

「あ。ハイ。」


そう言うとグランドの奥の部屋から男が手をこすりながら近づいてきている。

リシャールは眼光鋭い容姿もさることながら、背が人よりも頭一つ位高く、歩いているだけで目立つ。

多分190㎝位はあるのではないだろうか。

それと共に肩幅も広く、筋肉質なため、グランドで興じている男どもも、何やらチラチラと視線をこちらに向けているのがわかる。

首から下げた財布からお金を払いながら、ドキマギしていると案の定一人の恰幅の良い男がリシャールに話しかけてくる。


「おい。お前。」

「あぁん?」







「はー。つかれた。旅は疲れる。早くベットで寝たい。」


中庭から注がれる夕暮れのあたたかなひだまりの中、何故か、楽し気に初めて会う人たちとボール遊びに興じているリシャールを眺めながらベンチに座っり、独り言ちっていた。

怪我人だというのに元気に走り回っている。

リシャールには人を惹きつける何かがあるのだろう。

いつの間にか彼を中心に若者たちが集まってきている。

羨ましくはないが、なんだか眩しすぎて、気が引けるというか、何というか。

そんなことを考えていると、突然声をかけられた。


「お疲れの様だね。」


声のする方向を向くと、若い男がニコニコと笑いながら横に座ってきた。

知らない人はまだ少し怖い。

そう思い少し座る距離を開けると、スッと詰められた。


「誰かの付き人なのかい?」

「えぇ。まぁ。」


じりじりと距離を詰められ、もう座る場所がない所まで追い込まれてしまった。


「あるじ殿は長くかかるんじゃないかい? ここ、休憩室もあるの知ってる?」

「へ、へぇ。そ、そうなんですか。知りませんでした。」


これはもう絶対下心あるってわかる。

自分、男だけど、全然気にしないでぐいぐい来る。

男のにやけ顔が気持ち悪い。

そう思うのに、ヘラヘラと愛想笑いをしてしまう。

昔からそうだ。

嫌だと思っても顔に出すことが出来ないのだ。

リシャールを目で探すが、まだボールを追いかけて走っている。

ここは自分で何とかするしかない。

そう決意を決めていると、膝に置いた手に生温かな手が触れてきた。


「指輪、かっこいいね。」


そう言いながら指輪のついている指を撫でてくる。

男のにやけ顔が張り付いて見える。

それが、現世での記憶と交錯し、東京の交差点で声をかけてきたあの男と重なった。

心臓が大きく体を打ち鳴らす。

目がチカチカと点滅する。

息が詰まる。

どうしよう。

嫌だと言えばいいのだ。

そう思うのだが、口が動かない。

黙ったまま目を固く閉じ、その指をそろりそろりとなぞるそれに耐える。

それを男は肯定のサインだと思ったのか、強く手を握り肩に手を回してきた。

そして、耳元でささやく。


「ね。行こうよ。」


鳥肌が全身を駆け巡る。

血の気が引いて冷たい汗が背中を流れるが、言葉を発することができない。


「おぃ。どこに行くって?」


その声と共に体に感じていた重みがふわっとなくなる。

目を開くと目の前にリシャールの顔がある。

頭に大きな手が乗せられると、一気に体の力が抜けていく。

ヘナヘナと背もたれに背中を預けるとベンチからずり落ちそうになるが、リシャールが肩をがっしりと掴むと支えてくれた。


「おいおい。ジャン。大丈夫か?」

「うん。ごめん。大丈夫。ちょっとびっくりして。」


震える手で触られた指輪をこする。

それに気が付いたリシャールが優しく手を包み、自分の袖で手と指輪を拭ってくれた。


「触られて嫌だったか? ほら。拭いたからもう大丈夫だろ?」

「・・・うん・・・。」


見上げた頭にガシっとリシャールの大きな手がのるとぐちゃぐちゃと髪をかき乱す。


乱暴なのだが、なんだかホッとする。


涙が出そうになり俯いていると、リシャールが横にドカリと座り、指輪の柄を指でなぞりはじめた。


「・・・もう一人、いるんだよ。狼みたいな奴。」

「へ? 瞳の色がおれと一緒なの?」

「いや。違う。名前だ。ルー(オオカミ)っていうんだ。あいつは瞳は、碧だな。」

「おれ、会ったことないよね?」

「あいつはあんまり顔出さねーからな。オオカミって名前の割に群れねんだよなぁ。だが、戦には必ず来る。来てもらわないと困る。」

「・・・戦。」

「まぁ、まだ先だ。そんなことより、お前。言ったろ? 誰にでも尻尾振んじゃねぞ。」

「・・・尻尾なんて、振ってないもん。」

「言うの忘れてたけど、昔からここは発展場みたいな感じらしい所があって、男が寄ってくるから、1人になるなよ?」

「・・・言うの遅くない? そういう大事な事はもっと早く教えてよ。 リシャールのバカ。」

「あっはっは。わりぃわりぃ。もう一人にしねぇから。あー。汗かいたから風呂行こうぜ。」


そう言いながらも背もたれにもたれかかったままリシャールは動こうとはしない。

多分、震えが収まるのを待ってくれているのだろう。

ピッタリとつけられた肩が暖かい。


「リシャール、所で怪我はもう大丈夫なの? すごく走れてたけど。」

「あぁぁ。いたたたた。ジャン。俺を風呂に入れてくれ・・・痛くてもぅおれぁだめだ・・・頭も背中も、ち〇こも洗えねぇ。ジャン、ち〇こきれーいに、洗ってくれ。」


相変わらずのセクハラ言動と共に、頭に ごつり と、リシャールの頭が乗っかってくる。


「・・・大丈夫そうだね。よかったよ。もう治ったんだね。鬼の速さだね。さすがだよ。」


ため息とともに答えていたが、次第に笑いがこみ上げてきた。


「ぷっ。くくくっ。あははは! 何だよ。ち〇こも洗えねぇって。ほんっとバカだよね。」

「っち。なんだよお前。バカバカ言いやがって。バカっていうやつがバカなんだぞ。」

「いや。リシャールのがバカだね。」

「お前がバカだ。バーカ。」

「リシャールのバーカ。」


そんな会話で二人してひとしきり笑い合い、ふとリシャールの顔を見ると心配そう顔をしながら先ほど自分がくしゃくしゃにした私の髪をきれいに整えてくれる。


「もう、大丈夫か? すまなかったな。独りにして。」

「うん。もう大丈夫。行こうよ。おれ、お風呂。楽しみにしてるんだ。」

「おう。行くか。ちょっと汗が引いて冷えてきてたんだよ。もっと時間かかったら風邪ひいちまうとこだったぜ。」

「いや。だからそういう事は早く言えって! 急ごうよ!」


笑いながら2人肩を並べると、日暮れを迎え暗くなる外から、あたたかな蝋燭の光と湯気の立ち込める室内へと入っていった。














ジャン、発展場知ってるのかって?雰囲気で察知ってヤツですかね?

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