10
「え? おれ、随従にしてもらえるの?」
思わずリシャールに尋ねる。
リシャールの腕が肩に回りがっしりと抱かれる。
「面倒見てやるっていったじゃねぇか。あ。でもお前、弟子になりたいんだろ?」
「ん。まぁ、そうだけど・・・。でも随従にもなりたい! そしたらリシャールとずっと一緒に居られるんだよね?」
「あっはっは。随分と懐かれちまったな。リシャール。」
そう笑いながらリシャールの後ろで大きな声で笑いながら馬から降りているのは、確か名はぺラン。
忘れもしない。
下痢で苦しんでいるとき誂ってきた男だ。
屈強な体つきをしており、背中には大きな剣を背負っている。
その後から駆けつける2人も同様で、宿屋で合った時はタダのゴロツキの1団かと思っていたが、そろいの鎧で武装していると随分と凛々しく見える。
「巡礼者を装う。」
焼いた肉をかじり、エールを飲みながら雑談をしていると、ポールが突然切り出した。
彼は仕切るのが役割の様だ。
野営の準備も率先して指示を出してくれた。
3日目にもなると多少は慣れてきたと思っていたが、ポールの手際の良さには驚いた。
リシャールに教えてもらった方法とは全く違い、しかも驚くほど速く支度が出来上がる。
ポール曰く。
「見せかけだけだ。あいつの野営は。矢を持たせて動物狩らせてる方が役に立つ。」
実際矢を持った怪我人リシャールは数分も立たぬうちに今晩の食材を取ってきた。
適材適所という事か。
そんな辛辣なポールの口から「装う」という言葉と共に、白いコートが渡される。
「ジャンは今のままでいいだろう。巡礼を装いダクスに着いたら、あとは各自動いてくれ。オレはジャンとリシャールの共をする。期間は3日。調査後は巡礼の装いを解いて各自バラバラに帰路についてくれ。」
肉をむさぼりながら、リシャールの低音が響く。
「異議あり。」
「却下。」
「まだなんも言ってねぇだろ! てめぇ!」
怒鳴るリシャールの口から出る肉の破片を浴びながら、にべもなくポールが答える。
「言わなくてもわかる。却下。」
「まぁまぁ、あきらめろリシャール。さっきの狩で弓引くのもすげぇ顔して引いてたじゃねぇかよ。治るまでお母さんの言う事聞くんだな。」
そう間を取り持つのはぺランだ。
彼は彼で自分のとらえた焼けたであろう獲物の肉にかぶりつこうとしていた。
リシャールは不満げな顔をすると、彼の手の肉に食らいつく。
それを奪われまいとぺランはリシャールの顔を抑えていたが、半分は食いちぎられた。
にやりと得意げに笑いながら、リシャールは口の中の肉をほおばりながら片眉を上げるとふんぞり返る。
「アレは弓を引く時のまじないの顔だ。問題なかった。」
劇的に減った肉の破片を悲しそうに眺めているぺランが不憫になり、リシャールのオデコをピシャリと叩く。
「リシャール。わがまま言いすぎだよ。」
「ジャン。お前まで! まだなんも言ってねぇのに、なんでわがままって言うんだよ。」
悲しそうな顔をしながらさほど痛くもないはずのオデコをさも痛そうに抑え抗議するリシャールに少し絆されながらも、気を取り直して言い返す。
「じゃ、なんて言おうとしたんだよ。」
「そりゃ、おまえ、『俺の共はジャンだけでいい。』だろ。」
リシャールの声に合わせる様にポールとぺランまでが口をそろえ答えた。
「・・・。」
ポールが自分の肉をぺランに渡しながら深くため息を付き、リシャールに説教を始める。
「あんたは安静って言ってんでしょ。無理しなかったら帰りは馬で帰れるかもしれないでしょうが。」
「ああ。それなら対策を考えてだな。ジャンが・・・。」
まずい!!
これは数日前のひどい妙案をここで披露するつもりだ!!
そう思った私は、慌ててリシャールに飛びついて両頬を思い切り捻り上げながら発言に大声をかぶせる。
「リシャーーーール!!」
「い、いてぇぇぇ。」
「あっはっはっは。こりゃいいや。リシャールの野郎の暴れ馬の手綱握る奴が出来たな。」
月明かりの荒野に大きな笑い声が響き渡る。
皆で火を囲みながら過ごす野営は思いのほか楽しい。
覆いかぶさる様な形でリシャールの上に乗っかり、皆の笑いにつられて一緒に笑っていると、下から不意に腰を突き上げられた。
「・・・ほれほれ、こうして、ジャンが動いてくれたら、・・・無理じゃないだろ?」
「・・・ちょっと、リシャール!」
赤くなりながら急いで降りようとするが、リシャールの手が腰をしっかりとホールドしていて、動けない。
「お前、スッゲー脂汗出てんじゃねーか!」
「あっはっは。無理すんなって言ってんでしょ!」
「とりあえず新しい仲間に乾杯といくかぁ!」
誰かの音頭によってどこからか取り出されたワインが回る。
火が付いたように騒ぐ男どもの大声は、はるか夜空からあたたかな光をそそぐ月まで届きそうだった。
それから幾日か歩き、土の道が石畳へと変わり、街の城壁が見えてきた。
行き交う人々も増え、大きな荷物を運ぶ馬や人などで街の入り口はにぎわっていた。
「随分と景気がいいな。」
「ああ。今年は豊作だったせいもあるが、それにしても荷物が多いな。」
フードを深くかぶり、ボソボソと話しながら城壁の門をくぐり、巡礼の一団として街へと入る申請を終え、街の中に入る。
ダクスは小さな街だが、活気にあふれていた。
道路には露店がならび、小物や果物、または火を焚いて何かを焼いて振る舞っていたりしていた。
まるで観光地の様な雰囲気である。
リシャールとはしゃぎながらキョロキョロと見ているとせっかちなポールがしびれを切らしたのか声をかけてきた。
「宿屋を探してくる。ここに居てくれ。」
そう言い残すとあっという間に姿が見えなくなった。
気が付くと他の人達ももうすでに姿がない。
「アイツはほんとにじっとしてられないよな。」
「でも、ポールが居ないと進むものも進まない感じだね。みんなマイペースで。」
「まぁ。そうだなぁ。じゃ、しょうがないか。」
そうヘラヘラと笑いながら出店の商品を見ている。
同じ様に眺めているとふと目についたものがあった。
綺麗に模様の施された銀の指輪がいくつも並んでいた。
剣をモチーフにしたものもあれば髑髏が彫り込まれていたり立体的に表現されたりしている。
いつの時代でもこういう観光地的な所での売り物は変わらないのだなと、おかしく思っていると、リシャールの顔がすぐ真横に近づいていた。
「何だ、欲しいのか?」
「え。いや。そうじゃなくって、えっと・・・」
言い淀んでいると、リシャールの顔がふわっとほころび、微笑む。
こういう時は本当に優しい顔になるから不思議だ。
そう思いながら見とれていると、
「どれが欲しいんだ? 買ってやるよ。」
っと言い、手を引っ張ると適当な指輪をはめ始めた。
「いや。いいよ。そんな、悪いし。」
「お前の顔じゃ、髑髏は似合わないな。瞳が琥珀色だからなー、狼のヤツとかねーかな。」
「狼?」
「おう。アンバーと言えば狼だろ。狼の瞳って言うんだぜ。」
そう話していると店番を任されている男の子が「狼なら、ここにいくつかあるよ。」と言い並べ始めた。
「お。これ、いいな。これにしろよ。サイズもピッタリだ。」
そう言うとリングの淵に葉の模様と共に2匹の狼が向かい合い遠吠えでもしているかのようなデザインのものを選ぶと掴んだ私の指にはめる。
ちょっと恥ずかしい。
いや。かなり恥ずかしい。
そんなつもりもないだろうし、この時代にそんな文化があるのかも知らないけれど、この状況は結婚式の指輪の交換の様ですごく恥ずかしくなってきた。
ぐずぐず言っている時間ももどかしくて、赤面しながら素早く手をリシャールの掌から引き抜く。
「うん。これがいい! これにする!」
「おう。じゃ、払っとけよ。」
「・・・」
うん。
リシャールの財布は私が持っているけどね。
なんか、何だろう。
さっきの恥ずかしさが半減していくのは何なんだろう。
釈然としないまま支払いをしていると、ポールが帰ってきた。
「・・・あんたら、ほんと遊びに来てんじゃねぇぞ。何してんの?」
ポールとぺランと仲間たち。登場です。無名の2人は名前が付く日が来るだろうか。
誤字修正(2024.03.08.)