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目の前が草。

そしてカビの様な匂いと湿気た冷たい感覚の頬。

野外だな。

ゴロリと体制を変えてみる。

動ける。

そして見上げた空は木々の額に入った絵の様に高く雲が流れ青さが美しい。

生きてる。

安堵と共に、少し手を伸ばしてみる。

天に伸ばした手は白くまっすぐに空につきあがり、雲をつかまんとする様に力強く血管が浮き、骨ばっている。

・・・

誰の手だ?

もう片方の手を挙げてみる。

同じように白い肌に、血管の浮いた骨ばった男の様な手が見える。

そして気がかりな点がひとつ。

まさか、裸ではないのだろうか。見た所、腕には袖がない。手を挙げて布の動く感覚もない。いたるところに風を感じる。総合するとやはり、これは素っ裸の可能性が高い。

・・・・・・

動くのは億劫だ。が、動かないとそれはそれで問題がありそうだ。

この手から察するに、おそらく女であったはずの自分はどうやら男になっている気がする。

そもそも、こんな木々に囲まれた草っぱらに居る事すらおかしい。

記憶が混濁している。

何をしていた?





東京の風は生ぬるくビルの間を吹き抜ける。

人々が行き交う雑踏の中、広場の花壇に腰掛けてぼんやりと誰ともなく眺めている。

進学した高校はつまらなくなって辞めた。


中学校を卒業したら就職すると主張したが担任の教師に止められた。

熱心な教師は自分を心配して色々手配し、成績はそこそこだったがいわゆる底辺の高校に進学するのだが、まず、煩雑な書類に泣かされた。親は例のごとく知らぬ顔をしている。

久々に帰ってきたと思えば

「お金の掛る子だね」

と吐き捨てて、どこかに行った。

教師に相談したかったが、どこか無気力な人で、見ている自分も無気力になり、つまらなくなった。

みんなヘラヘラしていて、心は見えない。もちろん友達など出来なかった。

だから、辞めた。

中学校の教師には悪いことをしたなと思う。

あんなに一生懸命に自分のために何かしてくれた人は初めてだったので、先生の願いを聞いてあげたかった。

ああ。違うな。

私は、先生が好きだったんだ。

先生に笑って欲しかった。

先生に褒めて欲しかった。

高校に入ってしばらくして、バイトに向かう途中、この広場で先生を見かけた。

私に向ける笑顔の何倍もキラキラした顔で、手をつないで歩く女の人に話かけていた。

幸せそうな先生に腹が立った。

私が、この手で、先生に触れたかったのだ。


全てがつまらなくなった私はその日から何をして過ごしていたのだろう。

ああ。そうだ。あの日はぼんやりあの広場に座っていたんだ。

知らない男の人が話かけてきて、適当に返事して、気が付いたら知らない男に手を曳かれ、ホテルに連れていかれそうになったんだ。

怖くなって逃げたら後ろから怖い顔で追いかけてきて。

それで道路に飛び出して、車に。





いわゆるテンプレ的なアレだ。

事故死後の異世界転移ってヤツか。

いや。それよりも、男であったとして。

恐る恐る下半身に手を当ててみる。

そこにはふにゃりと柔らかい、今まで見る事もなければ、触れた事もない感覚の、知識では知っている、例の、アレが・・・。


・・・やっぱり、ある。

ってことは、今、いわゆるノーガードで異世界に放り投げられたって事か。

テンプレなら、神はどうした!

便利スキル貰えるはずだろ?

貰えるどころか、マイナススタートじゃないか!

ちょっと興奮してきた!


よくわからない感情でアドレナリンを放出しながら足を振り上げガバッと起き上がると、この体の身体能力は思ったよりいいらしく、地面に着地することができた。勢いで跳ね起きが出来たようだ。


「わぁー。ナニコレ、きもちぃぃー。」


自然と声が出た。


「すっげ!しかも、しゃべった。」


突然後ろから声が聞こえ、驚いて振り返る。

少し離れた所で、少年がしゃがみこんで見ていた。

少年は小学生くらいで、欧米系の白い肌に茶色い柔らかそうな髪に汚れたぼろぼろのシャツとズボンをはいている。


「・・・君。いつから見たの?」

「んー。結構前から見てた。」


言葉は通じるようだ。少年は少し緑がかった瞳でまっすぐに見てくる。


「お兄ちゃん。なんで裸なの?」

「・・・えーっと、盗まれた? って奴かな?」


間違ってはいない。だって、ここに来る前は服着てたわけだし。いっそ神が盗んだと言えよう。

ん? ちょっと待って。お兄ちゃんって言ったなこの子。よかった。オジサンではないのね。


・・・オジサンではなく、お兄ちゃん。


ちょっと興味本位に下半身を見てみる。そこには先ほど触った柔らかいアレが所在なげに下がっている。

自分の体についているものなのだが、初めて見る実物のアレに恥ずかしさが募り、一気に顔に血が上り、耳まで赤くなるのを感じると、その勢いで下半身にも血が集まっていく感覚がする。

先ほどからアドレナリンがドバドバ放出されているからだろう。


ま、まずい。これは、例のやつか!! 

興奮するとまずい!! 

ここまで顕著なものなのか!!

とりあえず、今、何も身に着けてない状態でこれは変態すぎる!! 

まして、少年の前でこれは絶対ヘンタイ!!

いやぁぁぁぁーーーー。


消え入りたい衝動に駆られしゃがみ込むと少年が心配したのか、近づいてくる。


「お兄ちゃん! 大丈夫? 」

「・・・う、うん。ちょ、ちょっと、ダメかな? あ、でも、大丈夫だよ。ちょっと、時間がたったら大丈夫って言うし。」

「オレ、父ちゃん呼んでくるね!!」


そう言うと少年は風の様に去ってゆき、私はひとり森の中、熱い下半身を抑えポツンと残された。




むしろこの環境に感謝したい。

ほどなく下半身は収まった。

そして、少年も家が近かったのか、すぐに戻ってきた。

あとから父親らしき男の人がやってきた。やはり子どもと同じ様にぼろぼろのシャツに長いベストの様なチェニックに腰ひも、ズボンに紐を膝上まで編み上げた靴を履いている。手には何か布を持っていて、私に服を着せてくれる様子だった。


「父ちゃん。この人だよー。」

「うん。見ない顔だな。この村の者ではないだろう。どこから来たんだ? どこで服を盗まれた? 名前は?」

そう言いながら、父と呼ばれたこの男は服を手渡してくれる。

「えっと、あの。」


答えようと思うが、まさか「東京出身のリナでーす。」なんて言ってもダメだろうし。っていうか、この服何?

パンツはブリーフの様な形の布で前をひもで止めるタイプ。上着のチェニックと腰ひもを渡してくれた。

ワンピースみたいだな。ちょっと短いけど。

少しもたついて苦労して着ていると、男が口を開く。


「ふん。戦闘で記憶をやられる病気があると聞いたことがあるが、それかな。まぁ、体に傷もないし、不可解だが。まぁ、言葉はわかるようだな。神父様の所に連れていくか。」


男はそう言うと最後に少し心配げに顔を覗き込むと、何かに気が付いたのか親指で病院の先生がやる様に目の下をくいッと調べる様に触る。


「珍しい目の色だな。琥珀色か。」


きょ、距離が近いよね。

外国だからしょうがないのかもしれないけど、日本人の感覚からすると、いきなり顔近づけて触れたりすることはない。異世界だからだろうか。この調子の距離間慣れるまでちょっとかかりそう。オジサンにまでドキドキしてしまう。


突っ込みどころが多くてどこから聞いていいかもう訳が分からないが、とりあえず、服という装備は手に入れたようだ。




















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