第4話 生命の危機
「ふふっ、捕まえたぁ♡」
「んなっ......!?」
癒乃ねぇが安眠していると思って安易に近づいた瞬間、急にぐりんとこちらに身体を振り向けた癒乃ねぇに手首を掴まれた。
どうやら起きていたらしい。
とろんと寝ぼけた半眼でこちらを見つめながら、小さく口角を上げて微笑んで小悪魔なセリフを吐く癒乃ねぇ。
これは本当に良くない。
<ま、まずい......っ!>
寝てると思って油断していた。
部屋の様子を見渡せたように、今俺はバッチリ目を開いている。
バッチリといっても、俺はもともと糸目で開いてるのかわからないと言われがちだけど。
それでも普段の俺とは全く違う。
普段の俺は、万が一にも癒乃ねぇの輝きを放つ笑顔を直視して心臓を止められてしまわないように、目を閉じて生活している。
小学生の中頃から始めた習慣だ。
最初の頃は全く生活できる気配もなかったけど、慣れるにつれて聴覚や触覚が鋭敏になり、目を開けていなくても周りに何があるか、誰がいるか、といった周囲の情報がわかるようになってきた。
今となってはずっと目を閉じていても日常生活を送ることに問題はない。
まぁ、敢えてずっと目を閉じているというのも、いろんな感覚が働きすぎて疲れてしまう。
なので、問題ないと判断した時、つまり、今みたいに癒乃ねぇの美しさに溢れた表情を見なくて済みそうな状況では目を開けてしまっていた。
それが完全に裏目に出た。
普段の癒乃ねぇならこの時間に起きていることなんてないし、あまりにも寝たフリがうまかったせいで、すっかり騙されてしまった。
「ふふっ、おはよ、篝♫」
あまりにも突然のことで目を閉じることを忘れてしまう。なぜか閉じられない。
かっ、可愛すぎる!?!?!?
ほんの一瞬だけだったけど、その眠たげで妖艶な表情が目に入ってしまった。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい............あっ。
可愛すぎて心臓が止まった......。
身体から力が抜ける。
..........................................いや、まだだっ!
どんっ!
出せる力をすべて込めて全力で自分の左胸を殴った。
「ごほっ、ごほほっ!!!!げっほげっほ!!!!!!!......はぁっはぁっはぁっ......ふぅ〜」
ふぅ、なんとか間一髪、自力で蘇ることができたらしい。
さすがに何回も癒乃ねぇに心臓止められてきたおかげで、こういうときも対処できることが多くなった。
メリットなのか、デメリットなのか。
長年、癒乃ねぇと一緒に居た成果だろう。
「だ、大丈夫......?」
癒乃ねぇが心配そうな声音で話しかけてくる。
「え、えぇ、なんとか大丈夫ですよ......」
一瞬心臓を止められたおかげで、目を反らして閉じるだけの余裕ができて、なんとか返事ができた。
<ふぅ、ぎりぎり持ち直せました......>
落ち着き出したところだったけど、癒乃ねぇは俺の「大丈夫」という言葉を真っ向から信じたのか、未だテンパり止みきらない俺に、さらに追い打ちをかけてきた。
「そ、そっか......。それならいいんだけど。ふ、ふふふ〜。それにしても篝ってば、2回ノックはおトイレのノックなんだよぉ〜。なぁに?癒乃のこと、おトイレだと思ってるのぉ〜?」
妖艶に微笑みながら、いつもとは違う寝起きのねっとりした声で、いやらしいこと(?)を呟いてくる。
ぐ、ぐはっ。
ま......また......。