第3話 朝の日常
癒乃ねぇが久々に同級生の男子生徒の心臓を止めてから一夜明けて現在。
昨日の胸骨圧迫での疲労も特に溜まっている様子はなく、健康的な朝を迎えた。
陽の光が閉じたまぶたの中の暗闇も明るく照らしてくれる。
目を開けなくてもいい天気だとわかる春の陽光は、気持ちよくて素敵だ。
「うーん、今日もいい朝です」
いつも通りの時間に起きて、軽くご飯を食べ、朝シャワーを浴びて制服に着替える。
「それじゃあ、いってきまーす」
ダイニングでゆったりした朝の時間を過ごす両親に挨拶して家を出る。
向かうは目の前の家。
もちろん、そこは諸兄の想像通り、癒乃ねぇの自宅、誘家だ。
ピンポーン。
いつもと同じように玄関のインターホンを鳴らす。
「はーい」
機械越しに、癒乃ねぇに似た聞き慣れた音声が聞こえてくる。
「おはようございます、冶綸さん。篝です」
対応してくれているのは癒乃ねぇのお母さん、誘冶綸さん。
こちらも慣れたものなので、元気よく挨拶を返すと、またさらにいつもの返事が返ってくる。
「はいはーい、開いてるから入っちゃって〜」
「わかりました〜」
そう返事をすると、ガチャっとインターホンの受話器が置かれて切れる音が小さく響く。
その音を聞き届けた俺は、勝手知ったるなんとやらで、どうやら鍵の開いているらしい誘家に入っていく。
もう何年も毎朝やっているやり取りなので、俺が話すことも冶綸さんが話すこともわかりきってはいる。
とは言うものの、それでも他人の自宅なので、きちんと礼儀は通しておくべきだ。
何も言わずに勝手に他人が自宅に上がりこんでたらびっくりしちゃうからね。
冶綸さんや癒乃ねぇからは、いつでも勝手に上がってくれてていいし、なんなら合鍵も渡すと言われたけど、さすがにお断りしている。
まぁ本音を言えば、気を遣うとかじゃなく、頼まれても、いらないんだけども。
多くのラブコメ作品なんかでは、幼馴染に起こされるのは男性側と相場が決まっているものだけど、俺たちはその限りではない。
俺、惑衣篝と癒乃ねぇの間では毎日逆のことが繰り返されている。
つまり、毎朝俺が癒乃ねぇを起こしに行っている。
「おはようございまーす」
「「おはようー」」
うちの家同様、ダイニングでくつろいでいる癒乃ねぇの両親に挨拶をすると、これまたいつものように挨拶が返ってくる。
「癒乃は今日もまだ部屋で寝てるわよ〜」
冶綸さんが伝えてくれたこの情報も、ほとんど毎日耳にするフレーズ。
癒乃ねぇは朝に強くなくて、俺が来る時間に起きていることは滅多にない。
「わかりました〜。じゃあちょっと声かけてきますね〜」
「はーい、よろしくね〜」
だからこうやって、俺が癒乃ねぇの部屋まで起こしに行くのが日課になっているわけだ。
癒乃ねぇの部屋は階段を上がった先、2階の角にある。
<それにしても、年頃の女の子の部屋、しかもあんな美貌を持ってる娘が寝てる部屋に俺みたいな男を毎朝通すなんて、ご両親も結構破天荒ですよねぇ>
癒乃ねぇの部屋へ向かうために階段を上がりながら、手持ち無沙汰な時間をつぶすように心の中でひとりごちる。
<......と、つきましたね......>
こんこんっ。
「入りますよ癒乃ねぇ〜」
2回ノックして声をかける。
数瞬待っても返事が返ってこないので、まだ寝てると判断して部屋に入る。
好きな女の子の部屋に来たのだ。
毎朝の出来事だとしても、目に焼き付けておきたいという気持ちが、欲がでてしまうのも仕方ないでしょう?
目を開けて部屋を見渡すと見慣れた景色が広がっている。
ピンクが多めに使われた、いかにも女の子らしい部屋、というのが率直な感想。
その部屋の隅にベッドがあって、そこに癒乃ねぇが向こう側を向いて、肩まで布団をかぶりながら眠っていた。
表情は見えないが、布団の上下運動の様子とすぅすぅという寝息から、安眠しているようだと判断して、いつものように肩を叩いて起こそうと近づいた。
「ふふっ、捕まえたぁ♡」