34-2. 現在、過去、未来②
「わたくしたちの? まるで、エルヴィラ様も、わたくしと同じ日に亡くなったような……」
「そうよ」
リーリエに代わり、エルヴィラが答えた。
「あたしは、ルイーゼが亡くなったのと同じ日に、リュクス様に殺された…… あなたが処刑されたのが、あたしのせいだったから」
「まあ…… なんと、申し上げれば良いのでしょうか……」
絶句する、ルイーゼ。
確かに、今回の人生でも、エルヴィラをけしかける前のリュクスの、ルイーゼに対する執着ぶりは凄かったが……
まさか、前の人生では、殺人までしていたとは。
そして殺されて2回目の人生でも、再びリュクスを選んだエルヴィラも、ルイーゼからすれば理解の範疇を超えている。今さらでは、あるが。
「いや、そのね…… 1度目ではリュクス様に全然愛されてなかったから、別に死んでも良かったんだけど…」
エルヴィラが、上目遣いにルイーゼを見た。
「1度目でも2度目でも、あなたを殺そうとしたのに…… こんなあたしを、友達にしてくれて、ありがとう」
「お礼はいりません、エルヴィラ様。わたくしのほうこそ、ですから……」
本当は、最初は、利用価値があるから友達と呼んだだけだった。そして、それなりの便宜を図って、見返りを求めた。
だがいつの間にか、エルヴィラはルイーゼにとって、大切な存在になっていたのだ。
―――― 見返りなどなくても、その幸福を願ってしまうような……
そのことに、ルイーゼ自身がまだ少し、戸惑っている。
(けれど、今はそれどころでは、ありません…… なんとしましても、お母様を助けなければ)
ルイーゼはリーリエに神力を注ぎ続けた。
閉ざされていた聖女の目が、再びうっすらと開いて、ふたりに注がれる。
「エルヴィラ様、ルイーゼ。
わたくしは、あなたたちの1度目の人生の終わりに、あなたたちが時をさかのぼってやり直せるように、秘儀を行ったのだと……
国女神様が、教えてくれました」
エルヴィラとルイーゼが時を戻り2度目の人生を歩む一方で、聖女リーリエの人生は、そこで終わりを迎える。
―――― それは、いかにしても回避しようのないことだった。
リーリエに示されたのは、2つの選択肢のみ ――――
「わたくしの生命か、あなたたちか……
もし、あなたたちを失えば、近い将来、カシュティールは、魔族に蹂躙されて滅んでしまう……」
時をさかのぼるのは、ルイーゼとエルヴィラ、2人同時でなければならなかった。
どちらが欠けても、最終的に魔族はカシュティールを滅ぼすことになるからだ。
―――― エルヴィラが死ねば、アッディーラはそれを口実にカシュティールを攻める。
一方でルイーゼが死ねば、カシュティールは聖女の後継をなくして、いずれ結界を紡げなくなり、滅びてしまう。
「国女神様は選んで良いと言ってくださったけれど…… わたくしは、何度だって、あなたたちのほうを選びますよ」
「お母様……」
リーリエはその手に、ルイーゼの手のぬくもりを感じて微笑んだ。
―――― 14年前に聖女に選ばれたとき、リーリエは、ほっとした。
…… これで公爵家からも夫からも離れられる、と。
政略で嫁ぎ、娘を1人もうけたものの、結婚生活で夫と心が通ったと感じられた瞬間は1度もなかった。
公爵夫人の地位は、リーリエにとっては重い足枷のようなものだったのだ。
離れれば幼い娘が寂しい思いをするだろう、とはわかっていたが、それでも自由になれる喜びのほうが大きかった……
しかし、その喜びは、時が経つにつれ、罪悪感としてリーリエを責めるようになっていた。
母親になりきれなかった、と ――――
(けれど…… これで、最後に、少しは母親らしいことができたかしら?)
問えば、きっと、少々ひねくれ者で暗い性格だが根は優しい娘は、泣きながら、うなずいてくれるだろう。
―――― だが、恩着せがましくするのは、リーリエの本意ではない。
「なにも、あなたたちのためというわけでは、ありませんからね……
だって、わたくしが助かったとしても、国が滅びてしまったら仕方ないでしょう……?
だから、エルヴィラさん、お礼は不要よ。それから、ルイーゼ、泣かないの。
わたくしは母として、あなたに何かしてあげられたわけでは、ないのだから」
「それでも…… お母様は、わたくしのお母様でいらっしゃいます……」
ルイーゼの手を、リーリエの手が驚くほどの力強さで握りかえした。
「ルイーゼ。生きなさい。どんな手を使っても、生きて、責務を全うなさい…… 国王として、聖女として…… そして、できれば……」
―――― これが、リーリエの最後の言葉になった。




