32-2. 別離②
「誠に、申し訳ありません。本来なら魔族の討伐は聖騎士団の仕事ですのに、ルイーゼひとりに、このようなことを……」
中央神殿を守っていた聖騎士団が、パトラの知らせで駆けつけたのは、全てがほぼ片付いた後だった。
聖騎士団がしたことといえば、そうと知らずに飲み続けた殺魔聖石が効いてきた魔族たちが、そこここで死にかけているのにトドメを刺してやった程度である。不手際感、半端ない。
「あら、だって、申し上げておりませんでしたもの、ファドマール様」
いつどうやってかは確定できないけれど、そのうち魔王がくるよ。
―――― そんないいかげんな予測だけで聖騎士団を動かすことは、ルイーゼにしてみれば、避けたかったのだ。
「それに、聖騎士団の皆様には、国王様をお守りしていただいてましたもの……」
国王は今、マルガリータやグンヴァルトの手が及ばず、魔族の干渉もあり得ない場所 ―― 中央神殿の一室で看病されている。
実は、王城にいた国王は、背格好を似せた丸太だったのだ。
国王の服を着せて目立たない位置に時の水晶の護符をつけ、グンヴァルトが王妃からの差し入れの効果で居眠りしている隙に、国王その人と入れ替えた。
時の水晶 ―― 冥神の森にあるものと同じで、神力を注ぐことにより、時間・場所を超えて望む事物を映し出すことができる。
それで作った護符にも、もちろん、同じ働きがあった。
―――― 要は、グンヴァルトは、時の神殿の水晶に映し出された国王の幻影に騙されて、丸太を本人と信じ込んでいたのだ。
聖女やルイーゼと個人的にも親しい王妃からの差し入れを素直に口にしていたことといい…… けっこう、間抜けである。
つまり国王は、とりあえずはまだ、生きていた。
―――― 未だ病床で、いっそひと思いに殺ってもらったほうが良いのでは、と周囲が考えてしまうほどに、息子たちの亡霊の幻に苦しめられては、いるが。
「わたくしなどより、国王様のほうが大切ですし、魔王に殺魔聖石が効くまでの時間稼ぎの囮など、わたくしひとりで、じゅうぶんで……」
「ダメです!」
不意に黒髪の聖騎士に両肩をつかまれ、ルイーゼは驚いて目を見開いた。
「こら、それこそダメですよ、ファドマール様!」
パトラが慌てて止めるが、どうやらファドマールには聞こえていないらしい。
日頃 『造りが絶品なだけに表情がこわい』 と周囲から評価される顔が、その真価を発揮して、突き刺すような雰囲気を帯びている ―― つまりは、とっても真剣なのだ。本人としては。
―――― 実の妹のように思っているこの従妹が、しばしば自身を蔑ろにするような言動をとってしまうのが、ファドマールには日頃から気掛かりだった。
ザクスベルトが本当に消えてしまった今…… 彼女をこの世に繋ぎ止めるためには、改めてきっちりと言い聞かせる必要がある ――――
そう考えたファドマールは、ここでルイーゼにしっかり 『めっ!』 をすることにしたのだ。
「ルイーゼ、あなたを大切に思っている人は、あの悪霊だけではないのですよ。たとえば……」
ここで 「パトラも叔母上も、シェーン家のエカード様も、それに自分も」 と続けたいところであったが、彼はその前に、言葉の選択を誤っていた。
『あの悪霊』 と聞いた途端、ルイーゼが、ものすごいドンヨリしてしまったのだ。
「ザクス兄様…… 約束しましたのに…… わたくしが強くなるまで、待ってくださると…… それが無理なら…… 一緒に連れていってくだされば…… ようございましたのに……」
常日頃の凛とした立ち居振る舞いからは想像もつかないほどに、肩と視線が落ちている。
「あっ…… ええと……
ルイーゼ…… その、すみません……」
オロオロとルイーゼをなだめる聖騎士を、パトラは生温く叱りつけた。
「だから、ダメって申しましたのに…… そういうのはですね、ファドマール様。今、言うことじゃないでしょ? もっとタイミングみてくださいませ」
「はい…… すみません……」
「おわかりいただければ、けっこうでございます。 …… お嬢様」
こほん、と咳払いするパトラ。
珍しい、説教モードである。