32-1. 別離①
「お嬢様!」 「ルイーゼ様!」 「ルイーゼ!」「王太子様!」
パトラにファドマール、そして神殿の聖騎士たち…… 足音と共に駆けてくる複数の声を、ルイーゼは夢うつつに聞いた。
「お嬢様!」
(パトラ…… なかないで)
パトラが何か言っているのはわかるが、内容がはっきりとわからない。
それに、魔力に視界をやられたのか、何も見えない…… というより、聴覚が残っているのが不思議なほどに、全ての感覚がない。
(はんぶん、せいこう、はんぶん、しっぱい……)
思考ももはや、きちんとした形を保てない。
もうすぐこの身は死ぬのだ、と、ルイーゼにはわかった。
半分、失敗。
けれど魔王はきっちり倒したし、ルイーゼがおとりになったことで、被害も最小限に食い止められた。
背後にいた魔王の兵たちの気配も、もうしない。逃げたのかそれとも殺魔聖石の丸薬が効いたのか…… ともかくも。
半分、成功。
【ルイーゼ】
懐かしい声とともに、ふわりと抱きあげられた。
これまで、体温を感じることのなかった悪霊の身体が、今は少し温かい…… ルイーゼも、同じものになってきているせいだろうか。
(ザクスにいさま……? ほめて、くださいますか……)
【ルイーゼ、遅くなって、済まなかった……】
ザクスベルトは先日、悪霊として再び蘇ってしまってすぐに、ファドマールに頼んで自らを冥神の森の墓に封印してもらっていた。それも、がっちがちにだ。
―――― 蘇った折、王都とその近郊にかつてないほどの雪嵐を呼んでしまったことで 『これ以上強くなってしまったら、この国まじ滅ぶ』 との危機感を覚えたためである。
悪霊とはいえ、もと一国の王太子らしい立派な判断ではあったが……
ファドマールが意地を込めて施した封印は、あまりにも強固だった ――――
もはや伝説級となった悪霊の力をもってしても、なかなか、抜け出せないほどに。
つまりザクスベルトは、ルイーゼの危機を素早く察知はできたものの、封印を壊して出てくるのに物凄く手間取ってしまい、遅れたのである。
―――― 肝心なところで、なんて残念。
【済まなかった…… 君だけは守ろうと、思っていたのに……】
(ザクスにいさま…… わかっております…… けれどこれで、いっしょに 『永遠の国』 に、まいれますね……)
ルイーゼは微笑み、片手をわずかに動かした。
その手を、ザクスベルトが優しく握る。
【いや、一緒にはいけない。ルイーゼ、君は生きて、幸せになるんだ。…… 俺の力を、全部、あげるから】
(やめて…… ザクスにいさま…… おねがい、いっしょに……)
【だめだ】
温かく柔らかな何かが、ルイーゼの全身を覆った。
身体の感覚が、音が、思考が、戻っていくにつれて、ザクスベルトの気配は、次第に薄れていく ――――
ルイーゼの閉ざされたまぶたから、涙が流れ落ちた。
「ザクス兄様…… 」
―――― ルイーゼが再び目を開けたとき、彼の姿はもう、どこにもなかった。
「お嬢様……!」
「ルイーゼ……!」
代わりに両側から、かわるがわる呼んでくれていたのは、パトラとファドマールだった。




