31-3. 決着③
魔力を高める烈晶石で造られた、魔王の城 ――――
その玉座にあるのは、胸の半分から上が無い身体 ―― もうひとりの、魔王のものである。
分身体、とも呼べよう。
―――― 絶大な魔力の持ち主である魔王にとっては、己の分身を作るなど造作もないこと。
分身の片方がカシュティールに出向いている間も、もう片方はアッディーラの魔王の座に君臨し続けていたのだ。
しかし、今 ――――
彼の胸の半分から上は、冷たい夜空のような床に、無造作に転がされていた。
見開かれた目の前にいるのは、侍女として使っていた末娘。
彼女の白い手には、血に染まった蜘蛛糸が握られていた。
「なぜだ……」
「納得いきませんか? いくら不意打ちでも、魔王様が魔力の無い娘にあっさり負けるなんて?」
ふっふーん、と笑うエルヴィラの顔には、罪悪感のかけらもない。
魔族の論理で言うならば、負けるほうが悪いのだ。
「ま、あの悪賢い女がいなかったら、思いつきもしなかったけどね、あたしは…… せっかくだから、聞かせてあげる。
どうせあなた、死ぬんだし、ね?」
魔族は心臓が唯一の弱点であり、そこを断たれると、死ぬ。
魔王の場合は、分身を残していれば、その限りではないが……
(きっと今ごろは、ルイーゼのほうも、片付けているはず)
エルヴィラの友達は、上辺はおっとりとしてるが、中身はどうして、とってもしたたかで、頑固だ。
一度決めたことは、きっと、やり通す。
疑いようもないことだった。
「ルイーゼは、権力も名誉も家柄も要らないから、愛する人と平和に静かに暮らしたい、と言ったわ。
(たぶん実現するのは 『平和に』 だけでしょうけど)
それは、あたしも同じよ」
エルヴィラは上機嫌で、計画の全容を語りはじめた ――――
「だから、魔王様。
一番、邪魔になりそうなあなたを、あたしたちなりの方法で倒そう、ってことになったのよ。ほかにも邪魔になりそうなヤツらを使って、ね?」
そのヤツらとは、言わずと知れた、国王の愛妾マルガリータとアインシュタット公爵グンヴァルトのことである。
もともと王妃と関係が深いルイーゼが立太子すれば、もっとも割を喰うのがこのふたり……
マルガリータのほうはこの後いくら王子を生んだとしてもその子が王位を継ぐことは、なくなってしまう。
それどころか、ルイーゼが国王になった時点でその子ともども宮廷を追われるだろうことが、ほぼ確定だ。
そしてグンヴァルトは、といえば、リュクスの死により王位を継ぐチャンスがやっと巡ってきたというのに、それをあっさりと娘のルイーゼに奪われてしまったようなものだ。
しかもルイーゼは他家の養女になっているので、彼女が王太子に指名されたところで、公爵家にとっては旨味の薄い話でしかない。
つまり、このふたりが手を組むことは、目に見えていたのだ。
―――― 手を組んでどうするのか?
もちろん、彼らの最終目的は王位簒奪に違いない……
しかし、現国王の治世にさしたる不満が出ていない以上、強引な王位交代に賛同する貴族は、いるまい。
―――― そんなことしても、逆賊として討たれるのが、オチなのだから。
「で、もしマルガリータとグンヴァルトが生粋のクズなら、魔族を引っ張り出すのが順当じゃない? …… って、ルイーゼが予想したんだよね。
ちょうど、魔族が休戦協定の陰でカシュティールを突っつきまわしてるし、マルガリータは王太子謀叛事件のあたりから、どうも魔族と親しいようだし…… って。
あたしは、いくらなんでも常識で考えて、自国を売るようなマネはしないでしょー、って思ってたんだけど…… 人間って怖いよねぇ」
その兆しは、マルガリータからエルヴィラに宛てての手紙の中に 『中身を見ずに魔王様にお渡しください』 と記された、マルガリータとは筆跡の違う封書が入るようになったことで容易にわかった。
読んだのが魔王にバレると確実にプチッと殺られるので、そのまま素直に渡していたエルヴィラであるが、読まなくても内容の予想はついていた。
ルイーゼとしても、実現可能性は五分五分、と考えていた予測が…… ばっちりと、実現してしまったのである。
もっとも、それを見越して組んでいた計画だったから、この時点でルイーゼに宛てた手紙の〆は 『大好きよ』 ―― すなわち 『計画どおり、問題なし』 だったわけだが。
「それで、どんな方法で来るかまではわからなかったけど、ともかくも、来たときには確実に仕留められるようにしよう、って話に、前からなってて。
魔王様や側近の精鋭のみんなに、あの丸薬を飲んでもらってた、ってわけ」
力無き者が、力ある者に逆らうなど、あるわけがない。
この単純な魔族思考が、彼らの滅びを招いたのだ ――――




