31-2. 決着②
神力を注ぎ続けた護符は、鎖から解き放たれ、その姿を変える。
手のひらに乗るほどだったお守りから、鋭い刃を持つ短剣へと ――――
同時にルイーゼは、自らの全身にも神力を使った。
神力による身体強化 ―― 辺境で修業していた日々、山間の家や畑を行き来するために否応なしに使っていた技を、ルイーゼは本能的に選択したのだ。
魔王の精鋭たちが一斉にルイーゼに向けて魔力を放とうとしているこの局面において、生き残る可能性を増やすために。
一瞬の後。
彼らのてのひらから、膨大な魔力がほとばしり、少女の艶やかな黒髪が宙を舞った。
ふわりと跳躍したその下で、密度の濃い魔力がぶつかり、爆ぜる。
しかしその時にはもう、ルイーゼは玉座の結界に到達していた。
神力の壁を壊そうと魔王がふるっている魔力で、結界が、激しく震えている。
―――― この中に、入ってしまえば……
たとえ神力で強化された身体であっても、10秒もつか、もたないかだろう。
―――― だが、迷っている暇はない。
ぐずぐずしていても、魔王の兵たちが背後から攻撃してくるだけだ。
ぱりん。
黒水晶が、またひとつ砕ける音がした。
同時に、ルイーゼは結界の中に飛び込んだ。
結界内を吹き荒れる魔力が、顔にも足にも腕にも襲いかかってくる…… 痛みよりも強い、やけつくような、しびれるような感覚。
(この感覚…… 知っています)
1度目の人生の最後、毒を飲んだときに嫌というほど味わった。
―――― 死の苦しみは、痛みや熱などという生易しいものではない。
全ての感覚が、奪われていくのだ。
―――― 身体を構成する全てが、無に近づいていく。
こわい。
どうしようもなく、おそろしい。
―――― それは、1度目の人生では、味わったことのない恐怖だった。
(それでも、今度は、あの時よりも、良いように思います……)
前の人生のように、何もかもを自ら手放した挙げ句に、他人の意思で死ぬのではない。
もしここで命を失ったとしても、それは、自身が選択し、精一杯に行動した結果なのだ。
その選択が必ずしも正しいとは限らなくても、それは、全てを諦めながら死んでいくより、よほど良い……
―――― もっとも。
ここで死ぬとか、冗談じゃないけど。
(わたくしはまだ、ザクス兄様にお会いしておりません……!)
ルイーゼは、まっすぐに魔王の懐を目指した。
両手で握りしめた短剣は今、火の神と国女神の力が共鳴して、眩いばかりに虹色の光を放っている。
「人間風情が」
結界を破壊しようと暴れていた魔力が、一斉にルイーゼに向かう。
同時にルイーゼは、その心臓めがけて一気に神炎の刃を突き刺し、両腕に力を込めて、短剣の柄をさらに深く胸にめり込ませた。
(ここで死ぬのは、魔王レグロ。あなたのほうでございます!)
一瞬の、できごとであった。
普通なら、ルイーゼが極限まで身体強化したところで、魔王が人間ごときに遅れをとることはなかったかもしれない。
―――― だが。
普通でない状況を作るべく、ルイーゼはこれまで、エルヴィラとともに、計略の限りを尽くしてきたのだ。
「……………… っ」
信じられない、というように赤い目を見開いたまま、魔王の身体が崩れ落ちた。
それを見届けることなく ――――
ルイーゼもまた、その場に倒れた。
(エルヴィラ様…… ザクス兄様……)
※※※※
一方、その頃。
魔族の国アッディーラでも、異変が起こっていた ――――




