4-1. お見合い①
賢帝の月半ば ――――
16歳のリュクス王子と、15歳のアインシュタット公爵令嬢とのお見合いが、王家の離宮にて行われた。
「ルイーゼ。お見合いと言っても、もう決まったようなものですから…… 普段どおりになさいな」
「ありがとうございます、王妃様」
「近いうちにまた、お母様も交えてお茶会いたしましょうね」
「光栄に存じます……」
王妃は喪を表す黒いドレスに身を包み、襟元に銀の髪を封じた黒玉のブローチを着けている…… 亡き王子ザクスベルトのものだろう。
罪人の喪に服すことは本来許されないが、頑として譲らなかったようだ。
―――― 実の息子の処刑から一年経っていない。
表には出さないが、この場にいること自体、王妃にとっては不本意なことだろう。
それでも彼女は、淡々と責務をこなす。
「…… ですから、そのように固くならなくてもよろしいのですよ? そのためにわざわざ、馴染みのあるこちらにしたのですから……」
「お気遣い感謝申し上げます、王妃様」
王家と公爵家とのお見合いは、血筋が近いこともあり、プライベートな色合いの濃いイベントだった。
場所も、ゆったりと寛げる雰囲気のある、比較的小さな部屋だ。
(1度めと、変わりませんね…… )
周囲を見回さなくても、わかる。
柔らかな曲線に彩られた、シンプルだが品の良い調度も、飾られている風景画も、前の人生のままだ。
ついでに、侍女のパトラが 「お見合いならこれです! お嬢様の黒髪が映えますもの」 と断言した、淡いローズピンクのドレスまで。
―――― ただひとつ、違うのは……
ルイーゼの顔をすっぽりと覆う、ヴェールである。
「どうしたのかな、今日のお嬢さんは? まるで古代の貴婦人のようだね、兄上」
「伝統に則り、そのような出で立ちにしたようです…… ええ、こうすると仲睦まじい夫婦になれるのだとか、そのようなジンクスを最近聞いたらしい」
「ほう。それは、なんともいじらしいことだな。なあ、リュクスよ」
「はい、父上」
いかにも気軽な国王に対して、ルイーゼの父グンヴァルトは、内心で冷や汗をかいていた。
―――― まさか、日頃おとなしく従順な娘に、このようなことが起こるとは、思っていなかったのだ。
最初は、この婚約を漏れ聞きでもした反対派の貴族による嫌がらせなのかと考えた。
しかし、どんなに問い詰めてもルイーゼは 「朝起きたらこうなっておりましたの」 と澄まして返事するだけだった…… この娘に嘘がつけるはずがない。
そのように、育てたのだから。
「このような顔ではとてもお見合いは……」 と涙ぐんで嫌がる娘を、顔にヴェールを被せて無理やり引っ張り出したのだ。
―――― いくら血が近いとはいえ、忙しい国王にドタキャンで迷惑をかけるわけにはいかなかった。
それに、グンヴァルト自身も予定が詰まっている。
顔の異変ごときで、やめられるわけがないのだ。
「そろそろ……」
見合いは簡単に進み、頃合いを見計らった王妃が声を掛けた。
「リュクス、ルイーゼさんをお庭に案内して差し上げて」
恒例の 「後はお若いおふたりで」 というやつである。