31-1. 決着①
神力は本来、守護と癒しのための力…… 攻撃には、向いていない。
けれどもそれは、逃げる理由にはならない。逃げるのは、諦めることと同じだ。
―――― 1度目の人生ではずっと、諦め続けて、何も得られず終わってしまった。
だからこそ、今度は諦めない。
ルイーゼは首元の護符を握りしめ、神力を注ぎ始めた。
以前、ザクスベルトからもらった火の神殿の赤瑪瑙は、神力を通すことで滅魔の炎を発する。
―――― リュクスの葬儀の日、丘の上でエルヴィラと共闘した時と同じだ。
ただひとつの違いは、敵の魔力が桁違いに強いことである。
勝負は一瞬、とルイーゼは計算していた。
玉座の周りを覆う結界を破るため、魔王が限界まで魔力を消費した…… つまりは、結界が壊されたその瞬間。
ありったけの神力を、神の炎に変えて叩き込むのだ ――――
だが、ここで。
ぱりん、と何かが砕ける音がした。
(…………! 予想より、ずっと早いです)
玉座の周辺に仕込んでいた黒水晶の1つが、魔王の膨大な魔力に耐えきれず、砕けてしまったのだ。
―――― こうなれば、結界がもつのは、あと、残りわずかな時間。
不思議と、焦りはなかった。
狂暴なまでの魔王の力が、玉座のまわりの結界を壊しにかかっているのは、視えていたが ――――
ルイーゼの意識はどこまでも研ぎ澄まされ、ひたすら火の神殿の護符に集中していく。
その一方で、状況を上から見下ろすように把握し、冷静に計算しても、いる。
―――― 神力を使う者として最高の境地であった。
最初から、ここを目指していたわけではない。
むしろ、あるのも知らなかった。
けれど、諦めずに、できることをひとつずつ、つかんで、引き寄せて、重ねて ――――
いつの間にか、ここまで、たどり着いていたのだ。残念ながら今、感慨にふける余裕は全くないが。
(黒水晶はあと、5つ ―― 4つ破壊されるまでは、粘りましょう)
ギリギリまで、タイミングを計る……
そのとき、不意に、魔王が言葉を発した。
「我が兵どもよ。その女を、倒せ」
小さく息をのむ、ルイーゼ。
―――― 魔王がその精鋭を連れてきている可能性は、考えていたはずなのだが…… 油断した。
『平和的支配』
これを、もし最初に魔王が掲げていなかったならば、カシュティールなどとっくに魔族に滅ぼされていたかもしれない。
リュクスの葬儀の日の闘いにも、ああも容易くは勝てなかっただろう。
なりふりかまわず魔王が正体を明かした今でさえ、その経験が思考に大きく影響してしまっていた……
いつの間にか 『魔族たちは人間を大っぴらに害することを望んでいない』 と、半ば信じかけていたのだ。
(ここまできましたのに…… などと思う暇があるのでしたら、考えなさい、わたくし!)
逃げずに残っていた侍従と衛兵が、一斉に、その腕や足に巻いていた包帯を外し、黒い薄片 ―― 殺魔聖石 ―― を、投げ捨てた。
―――― 彼らが、魔王と共に国境を抜けた、魔族の精鋭たちだったのだ。
凄まじいまでの魔力の気配が、玉座の間に満ちていく ――――
その、ほんのわずかの間にも、ルイーゼは忙しく頭を働かせていた。
(いま、護符に溜め込んでいる神力を放出すれば、この者たちは倒せます……
ですが、結界が壊れるタイミングによっては、魔王を倒す機会を失ってしまうでしょう。
それだけは、避けねばなりません)
エルヴィラの帰国に際して、手土産の準備を始めた時から、この計画は動き出している。
殺魔聖石の小瓶や魔力を増す丸薬を用意し、エルヴィラが万一、それらに触れても影響が出ないよう、黒玉で装飾した特殊な指輪や手袋、薬箱も持たせた。
―――― しかし、いくら準備していてももし、エルヴィラが帰国後、魔王の信用を得ようと動いてくれなければ。
魔王の動向を、密に手紙で知らせてくれなければ。
計画は、ここまで進められなかっただろう。
―――― 魔族に真意がバレれば命を失う危険を冒してエルヴィラが行動してくれたからこそ、今がある。
(エルヴィラ様の意思と信頼…… 決して、無駄にはできません)
ルイーゼは首から勢いよく、火の神の護符を引きちぎった。