30-2. 正体②
どうやら魔王は、ルイーゼにまで自身の正体をあっさり見抜かれたために、今後の方針を変更することにしたらしい。
『今の国王の正体は、アッディーラの魔王、レグロ』
この秘密を知った、謁見の間にいる者全員を、砂にしてしまうつもりか ――――
だが、数十秒が経過した時、急に力尽きたように手をおろしたのは、国王…… いや、魔王のほうだった。
その目には、驚きがわずかににじみ出ている。
「なぜだ……?」
魔力が、効かない。それどころか、弱ってきている……
レグロが魔族として生を受けて、初めてのことだった。
ルイーゼは、悠然と魔王に微笑みかけてみせた。
「わたくしどもの歓迎、お気に召しまして?」
「そなた…… 何をしたのだ」
「国王様の今後の安全のために、玉座の周囲に国女神の紋を刻んだ黒水晶を、埋め込みましたのよ」
「なんだと」
「失礼ながら、出過ぎた真似ではございませんこと、確信しておりましてよ? 魔族がこの国を狙っております今、国王様の安全を図るのは、当然の措置でございましょう?」
黒水晶 ―― カシュティールで多く産出されるそれは 『国女神の石』 として知られており、カシュティールを覆う対魔結界の礎石となっている。
聖女の神力 ―― すなわち国女神の力が、国中に埋もれた黒水晶を通して行き渡っているからこそ、カシュティールの結界は強固であり、魔族にとっての脅威でもあるのだ。
玉座の周囲に女神の紋を刻んだ黒水晶を埋める、ということはつまり、玉座の周囲に魔力を通さない聖女の結界を張っているのに、同じ ――
魔王が放ったはずの魔力が、謁見の間の人々を害しなかったのは、この仕掛けのおかげだったのだ。
「さぁ、お好きなだけ、そこで魔力をお使いくださいませね?」
ルイーゼが言い終わらないうちに、国王の姿が、ゆらり、とゆらいだ。
―――― 擬態を、解いたのである。
純血の王族らしい銀の髪と藤色の瞳が、燃えるように明るい、鮮やかな赤へと一気に染まっていく。
それは、魔族にしかあり得ない色――――
国王だったはずの痩せた男の身体は、しなやかで堂々とした若者の姿に変わっていた。
「皆様、お逃げくださいませ」
あっけに取られて玉座に座る男の変化を見ていた人々は、ルイーゼの凛とした声に、我先にと戸口に向かって駆け出した。
「侍従の皆様も、衛兵の方々も。おはやく」
「王太子殿下は、どうされますので?」
「わたくしは、ここで決着をつけます」
「ならば私どもも……」
「お逃げなさいませ。これは命令でございます」
言い捨てて、ルイーゼは前を向いた。
―――― これ以上は、彼らにかまっている暇がない ――――
玉座では魔王レグロが、周囲を覆う結界を壊そうと、ありったけの魔力で暴れている。
近寄るのは危険だ。
「王太子殿下もお逃げください!」
「いいえ。わたくしは、逃げません」




