30-1. 正体①
「公爵様。失礼いたします」
「何をする! 私は公爵だぞ!」
衛兵たちの選択は順当であった。
確かに公爵も、彼らの上司といえば上司であるが、神殿に所属している聖騎士団を除き、全ての軍の最高指揮権は国王にあるのだ。
つまり国王とその相談役、どちらを優先するかといえば、それは、決まりきったことだったのである……。
「国王の実の兄だぞ! そなたら平騎士どもが触れるでないわ ――――!」
「…………」
わめくグンヴァルトの顔面に、衛兵のひとりがペッ、と唾を吐きかけた。
「こちらは、売国奴よりよほどマシな者だと、自負しておりますが」
「こら、やりすぎだ。貴人を辱しめてはいけない」
衛兵をなだめた隊長の拳が、ストレートにグンヴァルトの頬を吹き飛ばした。
よろける公爵の腹に、有無を言わさぬ膝が入る。
「隊長だって」
「これは、この方が我々カシュティールの騎士を辱しめたことに対する報復だ。ちなみに私は敬意をもって、いつでも騎士をやめる覚悟でこの方をお諌めしている……」
「あら。今やめていただいては、困りましてよ、衛兵隊長」
「ル、ルイーゼ……! 助けてくれ……! 本当なんだ、そやつは本当に、魔王なんだ……!」
手を伸ばして懇願する公爵を、ルイーゼは感情を含まない眼差しで、眺めた。
この期に及んでも、グンヴァルトに対して思うことは、何もない。
確かに、実の父ではあるが…… 2度と諦めないと誓った今度の人生でさえ、ずっと、彼には何も期待できなかったし、こちらから働きかけようとも、思えなかった。
そして、以前と同じように感情を閉ざして接してきた ―― そのせいだろうか。
悲しみも、憤りすらも、感じない。
目の前にいるのは、ただのゴミだった。
「…… 国王様にお見苦しいものをお見せしてはなりません。早く連れて行ってくださらないかしら?」
「はっっ」
「ルイーゼ、育ててやったのになんだ、その態度は……! ルイーゼ……!」
抵抗しながらも、衛兵たちによってズルズルと引きずられていく公爵。
その必死のわめき声も…… ルイーゼにとってはもはや、何の意味も持たなかった。
「さて、騒がせたな」
魔王扮する国王が、玉座の上で足を組みかえた。
「陳情の続きを始めよう。次の者、前へ」
どうやら彼は、なるべく周囲に疑われぬよう、徐々にカシュティールの支配を強めていく心づもりらしい。意外にも、周到なことだ。
―――― だが、そうはさせない。
「その前に、国王様……」
ルイーゼは不可思議な笑みを口元に浮かべて前に進み出ると、きっ、と彼をにらみつけた。
「いえ、魔王レグロ。あなたも、消えなければなりません」
周囲が再び、ざわめいた。
―――― いったい、どういうことだ……?
―――― 王太子までが、何を言い出すのだ?
国王が無言で、口から黒い小さな塊を吐き出した。
それは、魔王の力を封印していた殺魔聖石の塊…… 見る人が見れば、わかるだろう。
歯に細工していたのですね、と、ルイーゼは呟いた。
もっとも、多くの人々にとっては、その黒い塊は単なる小石に過ぎず、目の前の国王が魔王であるなどとは、未だ信じ難い話である。
いったい国王は、不敬なことを言う王太子をどうするつもりか……
固唾をのんで見守る人々の前で、周囲を静めようとするかのように、国王が片手をあげた。
ほかの者たちには、それは単なるジェスチャーに見えただろう。
しかし、ルイーゼには、はっきりと感じられた。
―――― その手のひらから、目には見えない、高濃度の魔力が放たれたのが。