29-2. 裏切り②
「ち、茶の毒がこの度の病の原因である証拠など、どこにもございませんぞ、陛下」
(そこは 『毒の茶とはなんのことです?』 では、ございませんこと?)
ルイーゼは内心でグンヴァルトにツッコミを入れていた。
―――― マルガリータから国王に渡っていた茶が病の原因であることは、王妃、王太子、聖女、王宮医しか知らない事実なのである。
公には伏せていたはずだ。もちろん、グンヴァルトにも。
いくら慌てたとはいえ、ここでウッカリ自白してしまうような男が実の父でかつ、この国の公爵とは…… 少しばかり、情けない。
なのにまだ、グンヴァルトだけは、己の失言に気づいていなかった。
「その、失礼ながら、病み上がりで現実と幻とのご判断がおつきではないのでは……」
「余を愚かと申すのか」
国王が、一喝した。
「そなたもまた、マルガリータと組み、魔族と通じて王の座を奪おうと企んでおったであろうが」
「えええっ、滅相もない! そのような……」
「嘘を申すか」
「嘘ではございません! 私は、常に誠心誠意、国王陛下にお仕えし……」
集まった家臣や陳情団代表の様子を見るに、旗色は、どうやらアインシュタット公爵のほうが優勢であった。
この男が泊まり込みで国王の看病に当たり続けていた事実は美談として人々に認識されており、一方で、病み上がりの国王が言い出したことは、あまりに突拍子もない……
が、今の国王は、魔族である。
「これが証拠だ」
謁見の間に舞ったのは、カシュティールの内情を知らせる直筆の手紙の数々……
手許に落ちた1枚に目を走らせた、宰相の顔色が変わった。
「…… 『計画通りにことは進んでおります。国王が病に伏した今こそが、魔王様の悲願を叶える絶好の機会……』
アインシュタット公爵! なんですかな、これは……!」
「そ、そ、それは……! なにかの間違いだ……!」
「公爵の直筆ではありませんか! 存じておりますぞ……!」
今にもグンヴァルトに掴みかかりそうになっていた宰相を止めたのは、魔王扮する国王の 「そういうことだ」 という、落ち着き払った声だった。
「アインシュタット公爵が手の者を使い魔族と密書を交わしておると掴んだため、余は、人をやってそれを押さえるとともに、わざと毒入りの茶を飲み病に倒れたフリをしておった……
そなたを信用していただけに、誠に残念である」
「そやつは魔王だ!」
不意にグンヴァルトが、国王を指差した。
「そやつは、国王陛下を殺して国王に成り代わり、国王の兄であり、かつ、この国の公爵でもある私をも、排除しようとしているのだ……!」
ここにきてグンヴァルトはやっと、魔王にいきなり裏切られたパニックから立ち直った。
生き残りをかけて、逆に魔王を告発することにしたのである。
(あらあら…… わたくしは何もいたしておりませんのに、面白いようにことが進んでいってしまいます……)
ルイーゼの予定では、まずは頃合いを見て魔王を告発し、その後、グンヴァルトを謀反罪で捕らえさせるつもりだったのだが。
その手間が、身勝手同士の潰し合いで省けてしまった。
「「衛兵! この者をとらえよ!」」
魔王扮する国王と、売国奴の疑いがかかっているアインシュタット公爵 ―― ふたりの声が、図らずも重なった。
―――― さて、衛兵はどちらに、動くだろうか。




