28-2. 悪夢②
国王アンゼルの枕元、寝台の後ろは風を通さぬよう衝立が立てられている。その隙間から漏れる暗紫色の光は、急速に強まっていた。
魔族の用いる転移陣…… グンヴァルトが国王の看病をするフリをしながら、あらかじめそこに描いておいたものが、今、強い魔力によって作動しているのだ。
アッディーラ国内にはこうした転移陣が多々あり、空間を渡っての移動が便利に行われているそうだ。
しかし、魔力を使うことがほぼないカシュティールで今、同じものがある場所はあと1つだけ。
国王の愛妾マルガリータの実家、場末の宿屋の1室である。
(全ては、我々の計画どおりに進んでいるな)
グンヴァルトとマルガリータの計画 ―― それは、国王を弱らせてその座を魔王に明け渡し、見返りとして優遇してもらおうというものであったのだ。壮大でかつ、せこい。
グンヴァルトは、ひざまずいたまま、こみあげる笑いを噛み殺していた。
その間にも ――――
国王とグンヴァルト以外、誰もいなかった部屋に、次々と強い魔力のオーラをまとった者たちが現れる。
最後に姿を表したのは ――――
燃えるような猩々緋の髪に瞳。抜けるような白い肌に、精悍さと繊細さを併せもった男らしい色気の漂う美貌 ……
魔王レグロは、ベッドの上の国王を一瞥した。
息子の亡霊が複数に増えた幻影でも見ているのか、アンゼルは顔を歪めてうめき声をあげながら、はげしく身をよじっている。
「これか」
「さようにございます」
グンヴァルトは、額を床に擦りつけんばかりにした。
「どうぞ、魔王様の悲願を叶えてくださいませ……」
「指図するな」
魔王が、アンゼルにてのひらを向けた。
膨大な魔力が、病床の国王に向けて放たれる。
「ザクス…… 許し…… リュクス……」
ふたりの今は亡き息子の名を呼んだのを最後に、国王の身体は、さらさらと、砂のように崩れていった。
ついで、レグロの姿がぐらりと歪み、形を変えはじめた。
背が縮み、滑らかな皮膚はたるみ、赤い髪は銀色に、瞳は藤色に ――――
国王アンゼルそのままの、見事な擬態だった。
合わせて、他の者たちも変化していく。魔族の軍人の姿から、カシュティールの従者や使用人らしいそれに……
最後に、黒い薄い板をそれぞれの腕や足につけた傷口の中に入れ、包帯で隠すと、それまで空間にみなぎっていた魔力の気配が、さっと消えた。
―――― この黒い板、グンヴァルトは知らないが、ルイーゼがエルヴィラに持たせた黒い小瓶に入っていた殺魔聖石の粉末から作られたものである。
魔族たちはグンヴァルトの報告からカシュティールの国境での警戒が厳しくなることを予想し、わざとつけた傷口に殺魔聖石の薄片を隠すことで、魔力を封じていたのだ。
「お見事に、ございます」
グンヴァルトの口から、感嘆が漏れた。
「国王様。お元気になられて、これ以上喜ばしいことはございません」
「すぐ、周囲の者に知らせよ」
「恐れながら、国王様…… 今すぐよりも、効果的な時を狙ってはいかがかと」
「申してみよ」
グンヴァルトは笑みを浮かべて、内心で実の娘に向かい、ざまをみろ、と呟いた。
(女のくせに地位や権力を欲しがるような娘には、罰を与えねばな)
思えばリュクスの葬儀以来、王妃・王太子にはやられっぱなしだったが、やっと意趣返しができるのだ。
「明日の朝、謁見の時間に ――――」




