27-2. 辺境伯の主張②
「アッディーラの商人たちは、いつまで国境で留め置くつもりだ、と騒いでいるのですよ」
「徹底的に調べあげてからでございます、と言っておやりなさいませ。
リュクス様の殺害に関するエルヴィラ様の証言から、魔族の軍人たちがその魔力を隠してカシュティールの結界を通り抜けているのは、ほぼ確実です。ご存知でしょう?
油断するわけにいかない、とは、お思いになりませんこと?」
「しかし…… こちらにも負担がかかりますのでな」
ヴォルツ領のエルツ辺境伯は謹厳実直で領主としても評判の良い人物ではあるが、その分、こういうところは融通が利かないのだ。
おそらくこの連日の熱心な直訴は、領民たちのため ―― 魔族の商人たちを止めおくことにより、領内の者の不安が増すのを懸念しているのだろう。
だが、しかし。
エルツ辺境伯といえばかつて、ザクスベルトが謀反を企んでいる、と国王に告げた張本人。
―――― なぜ、告げる前に冤罪の可能性を先に調べてくれなかったのか…… そう思うにつけ、ついつい、必要以上に冷たい態度をとってしまうルイーゼである。
「何度も申し上げますが、検査の簡素化は了承できません、国の高貴な守護たる辺境伯様。
衣服の縫い目にいたるまで、検査しても足りぬほどですよ、魔族たちは。
―――― 特に、殺魔聖石を所持していないかは、きっちりお調べくださいな。それを持っているのが魔力のある証ですから」
「それでは、アッディーラとの友好が……」
「もともと、かの国との間に友好など、ございましたかしら」
ルイーゼは少しばかり、イライラしてしまっていた。
『魔族との友好』 とはまた、寝ぼけたことを言うおっさんである。辺境伯のくせに。
もし、長らくの休戦状態が、こうした心情を作り上げるための企みだとすれば ――――
魔族の企みは一部、見事に成功している、と言っていいだろう。
そもそもが、アッディーラとの友好を保つための休戦ではない、というのに。
―――― 現状は、アッディーラにしてみれば、聖女の紡ぐ対魔結界に阻まれて、カシュティールを攻めあぐねているだけの話だ。
一方で、カシュティールはといえば、アッディーラと戦争になること自体が、困る立場である。
強い魔力を誇る軍勢相手では、勝算がないからだ。
だからこそ、王太子をアッディーラの魔族に殺されても公にはせず、沈黙を保っているのである。
「アッディーラは魔力のある者を我が国に潜り込ませる方法を知っているのです。なのに、国境の検査は従来どおりに戻せ、とおっしゃいますの?」
あり得ませんよね、というニュアンスを込めて尋ねたのだが、エルツ辺境伯の主張はあまり、変わらなかった。
「全く従来と同じ、とは私共とて、申しておりません。
しかし、これまでの武器に加えて、装飾品をも没収する、ということでじゅうぶんかと」
身に付けた装飾品の没収 ―― この案は、それなりに筋が通っているといえよう。
殺魔聖石はアッディーラでは産出されておらず、カシュティールでは採掘したほぼ全量を、装飾品か武器に加工しているからだ。
―――― つまり、アッディーラの商人が魔力を封じるために殺魔聖石を身に付けているとすれば、それは当然、装飾品として…… と、普通は考えるだろう。
(それだけでは、ないのですけれどね……)
ルイーゼの懸念は、魔王にエルヴィラを信用させるために用意した殺魔聖石の小瓶10本。
魔力のないエルヴィラでも、じゅうぶんに魔王の役に立つのだとアピールするために必要な小道具ではあったが……
(あれを、もし、魔族たちが装飾品以外に加工すれば……)
たとえば殺魔聖石の粉末を服の染料とすれば、どうだろう。装飾品がなくても、魔力を封じてカシュティール国内に入り込めるのではないか。
ほかにも、魔族がなんらかの方法で殺魔聖石を身につけ、魔力をごまかして結界を抜ける可能性は、じゅうぶんにあり得る。
―――― しかし今、あの黒い小瓶のことについて、エルツ辺境伯に話すわけにはいかない。
万一、計画が外部に漏れてしまえば、これまで準備していたことが全て無駄になってしまうからだ。
無駄になるだけならまだ良いが、それでエルヴィラの身になにか、あったとしたら ――――
ルイーゼは、こう返事するしかなかった。
「―――― では、そのように」
「はっ、かしこまりました」
一刻でも早く領内に方針変更を伝えようと、急ぎ足で去っていくエルツ辺境伯の背に向かい、ルイーゼはそっとタメイキをついた。
―――― できるなら、国境のほうで全ての決着をつけてしまいたかったが……
やはり、物事が全て思い通りに進むことは、滅多にないのだ。