27-1. 辺境伯の主張①
王妃から内々に命じられ、密かに捜査にあたった聖騎士ファドマールが、例のダムウッドのお茶らしきものを見つけたのは、王城の厨房だった。
『ここ1ヵ月半ほど、国王陛下のご命令で毎食後にお出ししていました』 との証言も得、それを持ち込んだ人物を芋づる式にたどっていったところ ―― 割にあっさりと、ある人物に行きついた。
国王の愛妾、マルガリータである。
しかし、彼女は事情聴取をしにきたファドマールに、平然と言ってのけた。
「アッディーラ産のお茶は上質なのよ。私、以前から飲んでおりますわ」
実家の宿で、魔族の商人から購入したものを分けてもらったのだという。
―――― 例のダムウッド入りのお茶は、貴族に出回った分は回収していたが、すでに民間にも出回っていることは、把握されていなかった。
実際に民間に出回っていたのか、それとも、何らかの思惑で、マルガリータの実家が特別に手に入れたものなのか …… そちらも調査しなくては、と内心でひとりごちるファドマールである。
「どうして国王様に差し上げようと?」
「年末に、国王が軽くお風邪を召した際に、このお茶をお出ししたの…… 症状が軽くなる、とお気に召されたので、たくさんお贈りしたわ。それがどうかして?
…… え? この度のご病気の原因? ふざけないでいただける? 私、ずっと飲んでるのに」
マルガリータは堂々と、手元のポットの蓋を開けて中の茶葉を見せさえも、したのだった。
成り行き上、そちらも回収して、厨房のものと一緒に解析に回したわけだが、結果はしっかり、同一のものだったようである。
マルガリータにすれば、国王には、普段からたまに飲んでいた茶葉を渡しただけ ―― それを毎食後飲んでしまったのは国王の判断によるもので、マルガリータには少なくとも害意はなかった、という証拠になる。
普通ならば、それでも何らかの処分を受けそうなものだが、カシュティールでは、愛妾は主の持ち物 ―― 害意がきっちりと証明できない以上は、国王の意向なくしてはマルガリータを勝手に処罰はできない。考えたものだ。
一方で、当初、関与を疑われていたアインシュタット公爵のほうは、静かなものであった。
国王の相談役という立場から、政務に何かと口を出してくるだろう…… とルイーゼは考えていたが、その予測は今のところ、外れている。
それどころかグンヴァルトは、泊まりがけでの国王の看病を自ら買って出ているようである。熱心なことだ。
もっとも、慣れていないため不器用であり、使用人たちを我が物顔で使うため『かえって迷惑』 と、もっぱらの評判ではあるが。
「いったい、何を考えておられるのでしょうか……」
「さあ? お部屋に伺うと、わざとらしく 『アンゼル、早くよくなってくれ』 などと手を握ったり、しておられますが。
それより公爵ときたら、私のことをちっとも覚えておられないんですよ!? 10年近くは勤めておりましたのに! 頭大丈夫でしょうか?」
「さあ…… ひとまず、監視には好都合ですね。あなたにメイドの仕事をしてもらうのは申し訳ないのですけれど、引き続きお願いできるかしら、パトラ」
「お任せください、お嬢様。絶対に、尻尾をつかんであげますとも!」
グンヴァルトの行動には何か裏があるのだろうが、今のルイーゼには、城のメイドたちの間にまぎれこませた侍女のパトラに、密かに監視してもらうのが精一杯である。
王太子はいざというときの国王代理 ―― その仕事が、山のようにあるのだ。
腹黒公爵を必要以上にかまう余裕など、あるはずもない…… だって、冥神の森に居るというザクスベルトに会いに行く暇さえ、ないのだから。
毎日山のようにくる、苦情や陳情の処理。
(謁見とはつまり、このことである)
その上に、今後のことを考え、謁見の間の改装工事を入れてしまった。必要なことではあるが、ますます忙しい。
―――― ついでに、アッディーラとの国境での通行人検査を厳しくしたため、不満を持った管理者 ―― ヴォルツ領のエルツ辺境伯が、改善を訴えて日参してくる。
「殿下、アッディーラからの商人団より、苦情が上がっております」
「あら、なんのこと?」
「おわかりでしょう」
エルツ辺境伯は、殊更に渋い顔になった。