26-3. 異変③
中央神殿から王城に向かう馬車は、中にいる人の気は急いていても、常歩である。
暴走などして目立ってしまえば、王城で何かが起こったと宣伝しているようなものだからだ。
そして、ルイーゼの心配は国王よりもむしろ、こちらに傾いていた。
「ザクス兄様…… どうしていらっしゃるのでしょうか…… 冥神の森に、おひとりで……」
「大丈夫ですよ、お嬢様」
つい何度もタメイキをついてしまうルイーゼを、侍女のパトラがなだめた。
「きっとザクスベルト様のほうから、会いにきてくださいますって」
「そうそう、魅力的な女性は黙っていても、殿方が寄ってくるものですからね、ルイーゼ」
いえ、ザクス兄様はそのような軽いタイプではありませんから。
―― というツッコミは入れられないほどに、母、聖女リーリエの顔は曇っていた。
そう、今、気にすべきはザクスベルトのことではない。残念ながら。
軽く頭を振って、ルイーゼは気持ちを切り替えた。
「ともかく、今は国王陛下の容態が心配でございます…… お母様、何かお心当たりが?」
「ルイーゼ…… あなたの1度目の人生で、わたくしがかかった病気の症状を言ってごらんなさい?」
「胃の不調、倦怠感、眩暈に幻覚…… あら」
思わず口元を押さえる、ルイーゼ。
気づいたのだ。
―――― 原因不明という国王の症状が、ルイーゼ1度目の人生でリーリエがかかったものと同じではないか、ということに。
「けれど…… あのダムウッド入りのお茶は、ほぼ回収されたはずでございます」
「そうね。少量であれば、風邪や胃腸の薬になるから、神殿の薬剤部で管理されているのよね…… けれどもあれはそもそも、出回った数がわかっていません」
「まさか…… もし、そうだとしましたら……」
「そうなのよ。わたくしも、油断していました」
例のお茶は、アッディーラからの商人に扮装していた魔将軍ロペスが、カシュティールに持ち込んだものだった。
しかし彼は王太子からの紹介状を手にしてからすぐに討たれたため、それを配られた貴族はごく少数 ―― 神殿の薬剤部から人を派遣して回収し、事なきを得たはずだったのだ。
リーリエもルイーゼも、報告を受けた国王も…… それでじゅうぶんな対応だと、考えてしまっていた。
だが、もしかしたら、カシュティール国内にはまだ、回収しきれていないお茶が残っていたのかもしれない。
「もし、それを国王陛下が口にされたのだとしましたら…… いったい、どういった経路からでございましょう? 陛下ご自身もお茶のことは、ご存知でしたはずですのに……」
「それは、王妃殿下に内密にお話して調べていただかないとわかりませんが…… よほど、信頼できる筋でしょうね」
「「まさか……」」
聞き耳を立てていたパトラとルイーゼの声が重なった。
「口外はしないようにね。可能性のひとつに、過ぎないのですから」
「「はい……」」
国王からの信頼が非常に厚く、禁制のものでも何らかのルートを使って手に入れられそうな者 ―― それは、ルイーゼの実の父、アインシュタット公爵グンヴァルト以外に考えられない。
しかし、数日後 ――――
割れたのは、意外な人物だった。




