3-2 . 悪霊王子②
悪霊は、本人の意思に関係なく、災害を引き寄せる。
もしも悪霊が現世に留まり続けた挙げ句に、その力が強大になってしまえば、国を滅ぼすこともあり得るという。
【そういうワケで、俺はさっさと永遠の国に逝かなければならないのだが、いかんせん悪霊なもので、逝き方がわからない】
そうしてザクスベルトは、なんとなく冥神の森の墓場を拠点にウロウロしていたところを、時を戻ったルイーゼに会ったのだ。
悪霊だから逝き方がわからない ―― その論理には少々ツッコミを入れたくなるものの、ルイーゼにはむしろ、好都合だった。
近しい人を2度も失うなど、誰が経験したいだろうか。
それに、悪霊でもなんでも、こうしてザクスベルトに再び出会えたことが、ルイーゼには嬉しかったのだ。
「兄さまが悪霊でも、かまいません。ずっとここに、いらしてくださいませ」
【そうだな……】
ルイーゼもザクスベルトも、悪霊がこの世に留まり続けてはいけないことは、知っている。
だが、ルイーゼには黙って見送ることはできそうになく、引き留められれば、ザクスベルトもキッパリとは断れない。
生前は英邁だの勇猛果敢だのと誉められることの多かったもと王太子も、幼い頃から可愛がってきた従妹に対しては、ひたすら優柔不断 ―― 早い話がポンコツだったのである。
【………… とりあえず】
数瞬、考え込んだあと、彼はやっと、正義と己がポンコツさの間に妥協点を見出だした。
【リュクスとの婚約を阻止するのには、できる限り協力するよ。その後で…… お別れだな。
なんとか、永遠の国に逝く方法を見つける】
「だめです! わたくしは、協力いたしませんことよ」
必死に首をぶんぶん横に振るルイーゼ。かわいい。
生前のザクスベルトには、この従妹の人形のような感情の乏しさが不憫で ―― つまりは、痩せ細った野良犬の子にエサをやるような気持ちで、何かとかまってきたのだが……
もしも生前、こんな風にはっきりと感情をあらわしたりしてくれることがあったのなら、かわいすぎて、保護者気取りなどしていられなかっただろう。
―――― 正式な婚約発表の前に、キスの1つや2つや3つ、やらかしていた。たぶん。
しかし、今のザクスベルトは、いずれ永遠の国へ逝かねばならない悪霊である。
ルイーゼの近くにいつづけるだけでも、どんな悪影響があるかわからないのだ。
―――― 恋人だなんて、とんでもない。
(俺は保護者、俺は保護者、俺は保護者、俺は保護者 ……)
いや、どっちかといえば悪霊。
―――― だがひとまずは、その事実からスルッと目をそらすことに決めた、ザクスベルトであった。
【だがともかく、婚約回避しないと、だろう?】
「そのとおりで、ございます。家名を汚すことなく、なるべく穏便に…… そして、絶対に回避してみせますわ」
ルイーゼは決意を込めて断言した。
正直に言えば、前の人生で処刑された段階で、リュクス王太子には愛想が尽きている。
時を遡ってザクスベルトに会ったことで、それはなお、ハッキリとした。
―――― ザクスベルトなら、魔族の国アッディーラから婚姻の提案がされても、婚約者のルイーゼを尊重し、何らかの打開策を講じようとしただろう。
それらの策がもし全て失敗したとしても、公での婚約破棄宣言など、しないでいてくれただろう。
それに失敗しても、ルイーゼを処刑にするまいと奔走してくれるだろうし、それすら失敗したとしても、ルイーゼの最期には、無理を通してもそばにいて、泣いてくれただろう。
魔族の国アッディーラはカシュティールよりも優位だから仕方ない…… とばかりに、全てにおいてすんなりと言いなりになり、処刑の時まで1度も会いに来なかったリュクスとは、違う。
ザクスベルトは、知らないうちに罠にかけられて処刑されるような間抜けではあるが、そこだけは、確かだ。
【ルイーゼがそうしたいと言うのなら…… 協力は、しよう】
「では、それまでは…… 永遠の国へは逝かないでくださいますか?」
【ああ、約束しよう。指切りだ】
ザクスベルトが差し出す小指に、ルイーゼは細い小指を絡めた。子ども扱いして、とも思うが、それ以上に、懐かしい。
―――― まずは10日後。形ばかりのお見合いと求婚を、壊してしまわなければ。
2021/07/24 誤字訂正しました! 報告下さった方、どうもありがとうございます!