25-2. 魔王②
「なぜ、わかった」
今にも突き刺してきそうな魔王の眼差しに向かって、エルヴィラは堂々と言い放った。
「カシュティールでロペスに見せてもらったわ。殺魔聖石の呪符を」
実際に殺されるのに比べれば、どんな目つきをされたって怖くない。
「魔力の強い人たちは気づかないでしょうけど、あの恐ろしい波動…… あたしには、忘れようもない。その気配が、したのよ…… あの人からも。
カシュティールにしか鉱床がなく、一般には輸入禁止のアレを持ってるだなんて。あちらの過激派と結託しているとしか、考えられないじゃない」
ありました、と倒れた男の懐を探っていた侍従から、声が上がった。手には、黒い小瓶がひとつ。
エルヴィラが悲鳴を上げた。
「寄らないで……! 今にも死んじゃいそう……!」
殺魔聖石は魔力の強い魔族であればその力をそぎ、魔力のない魔族であれば、触れるだけで死んでしまう、と言われている。
魔王の侍従レベルであれば死ぬことはないのだろうが、彼らもやはり、怖いらしい。
黒い小瓶の蓋は、おそるおそる開けられた後、すぐに閉じられた。
「間違いございません。殺魔聖石の粉末に、ごさいます」
「わかった」
魔王がうなずくと、数人の侍従が素早く姿を消した。倒れた男の部屋を改めるためだ。
程なく 「ありました!」 との報告とともに、黒い小瓶の詰まった箱が運ばれてきた。
エルヴィラが前もって隠しておいたものだ。
魔王の全身から、目には見えぬ魔力の波動が立ち上った。怒っているのだ。
「…… 城の者、全員の部屋を改めろ。すぐにだ。怪しい者は殺せ」
「はっ」
「…… ご苦労だったな、マルタ」
侍従のうち数人が去っていくと、魔王は初めて、出来損ないの末娘に目を向けた。それはそうと、マルタって誰。
エルヴィラは息を整え、姿勢を正して平伏しなおした。
「おそれながら、魔王様に献上したい品もあるんです」
「…………」
魔王が眉をひそめた。
お前ごときが、という気配をひしひしと感じる。
―――― 負けるもんか。
「こちらの丸薬です」
エルヴィラはうやうやしく、黒玉で飾られた薬入れの入った箱を差し出した。
「あたしが魔力を得るために、カシュティール以南で採れる薬…… 辰砂、蒼龍石、魔女草を混ぜて作りました」
いずれも、アッディーラにおいては魔力が増すとされている、希少な鉱物や薬草である。
「…… 無駄なことを」
「はい…… あたしには、全く効きませんでした。けれど、ダミアン公爵によれば、魔力がある者が食べると魔力が増し、力が全身にみなぎるのを感じるとか……」
「ロペスが、か」
「はい。カシュティール滞在中、幾度もお会いしました」
嘘ではない。ロペスが兄のダミアン公爵だと気づいたのは最後の1回だけだが、それまでに商人に扮装したロペスが、王太子からの紹介状をねだるため、エルヴィラのもとに日参していたのだから。
「そなた、呑んでみよ。そなたもだ」
魔王があごをしゃくって、そばに控えていた侍従のひとりとエルヴィラとをさした。
「では、失礼いたします……」
薬入れのひとつを取り、蓋をあけて歪んだ形の丸薬を取り出すと、エルヴィラはそれをひと息に呑みくだした。
指名された侍従も、1粒選び、おそるおそる口にする。
「…………! こ、これは……!」
「どうした」
「力がみなぎってくるのを、感じます……! 今であれば、千の軍勢をも一瞬で倒せそうなほど……」
エルヴィラのほうには、何も起こらない。ただ、羨ましげな目付きで侍従を見るだけだ。
「よし。その土産、受け取ってやろう」
一瞬もたたぬうちに、丸薬の箱が魔王の膝の上に移動した。どうやら、気に入ったようである。
―――― 魔族は基本、徹底的に力が全てだ。力なき者が力ある者に逆らうなど無駄なことであり、あり得ないと信じ込まれている。
だから、魔王もまた、必要以上に力無き者を疑うことをしない。
「カタリナ」
「はっ」
「侍女として仕えることを許す」
「ありがたき、幸せにございますっ…… 誠心誠意 「以上だ」
エルヴィラが最後まで言い終わらぬうちに、魔王が片手を振る…… それだけで、這いつくばう小さな身体は、玉座の間の外に飛ばされていた。
扉に刻まれた魔王の紋章をにらみ付けて、エルヴィラが思うことはただ1つ……
カタリナって、誰よ。




