25-1. 魔王①
魔力を高める作用を持つ烈晶石の巨大な岩山をくりぬいて造られた ―― ペルディータ大陸の最北端にある魔王城は、そうした特異な城である。
滑らかに磨かれた、星がまき散らされた夜空のような冷たい床石。
その上に、エルヴィラは直接ひざまずいて頭を垂れた。
「魔王様。ライサ・エルヴィラ、ただいま戻りました」
「…… ロペス・ダミアンと精鋭、1小隊まるまるが消されたようだ」
紫の烈晶石でできた玉座に優雅に頬杖をつき、娘にはちらりとも目をくれずに喋る男 ―― 魔族の国アッディーラの皇帝、通称 『魔王』 レグロである。『魔皇帝』 は 「なんかダサい」 ってことで、不採用になった過去があるそうな。
炎のような赤い髪に瞳。雪のような肌に、精悍さと繊細さを併せもった男らしい色気の漂う美貌に、すらりと背の高い、しなやかな身体。
エルヴィラが彼から受けついだのは髪と瞳と肌の色だけだが ―― 認知したのは単なる気まぐれと確信できるほど、かけはなれている。顔も、魔力も。
「あったことを申せ」
「はい…… 彼らは、あたしが、カシュティールの王太子に嫁ぐことが気に食わなかったようで……」
エルヴィラは魔王の圧倒的な力の気配に震えながらも、事情を説明しはじめた。嘘は言えない。すぐに、見抜かれてしまうだろうから。
「襲ってきたところを、カシュティールの人たちの、聖剣と神の火で逆に倒されてしまったんです」
「…… それが、全てか?」
「はい。どなたに聞いていただいても、このとおりです」
駆け引きとは、嘘を言うのではなく、持てる手札をうまく使うこと…… カシュティールでできた、友の教えである。
知っていることの全てを晒す必要は、ないのだ。
―――― たとえば 『エルヴィラが蜘蛛糸でやつらを拘束したところをルイーゼが一方的に燃やした』 などは、 「魔王の前では忘れておしまいなさい」 と、ルイーゼからは助言された。
訓練すれば、都合よく健忘症を発症できるようになるそうな。
「人間と神族にしてやられたのが、気に食わぬが…… 勝手な振る舞いは処罰されるべきではある」
「まことに」
「…… だが、そなたが死んだほうが我々、魔族のためではあった。ダミアンは我が軍でも有用な将だが、そなたの替えなどいくらでも、いる。その点に気づくべきだった」
「はい…… 申し訳なく……」
お前がそういうこと言うからだろ。おかげでためらいなくサックリ殺ってもらえたわ。
―――― とか、思ってはいけない。まじで首切られる。それか、心臓刺される。
エルヴィラは震えたまま、より低く、ほとんど這いつくばるようにして懇願した。
「罪を償うためにも、魔王様のおそばで、あたしを使っていただけませんでしょうか? どうか……」
「魔力のない者が、ふざけたことを」
「きっと、きっとお役に立ちます。その辺の虫を追い払う程度には」
言うなりエルヴィラは半身を起こし、両腕をひろげて蜘蛛糸を操る……
魔王のそばに控えていた侍従のひとりが、どさりと倒れた。
―――― 先ほど、帰ってきたエルヴィラを玉座の間に案内した男である。
数人の侍従が、慌てて倒れた男を取り囲み、起こそうとした。
すでに、こときれている。
エルヴィラの蜘蛛糸に、心臓を突き刺されたのだ。
蜘蛛糸を目にも止まらないほどの速さで操ることにより、一瞬だけ針のように鋭く、鋼のように強くする ―― エルヴィラがカシュティール国に滞在する間も研鑽を怠らなかった結果、新たに得た技であった。
「その者はカシュティールの反魔族過激派と結託してます。調べてみればわかるわ…… 毒を、持ってるから」
「ほう……」
魔王の赤い瞳が、鋭く光った。




