幕間~公爵と愛妾~①
重苦しい石造りの建物は、邸宅というよりは牢獄のようだ ――――
公爵の位とともに押しつけられたアインシュタットの館を、当主であるグンヴァルトはその実、誰よりも嫌っていた。
―――― 正統な王妃の子である弟が、国王として瀟洒な王城で暮らす一方で、妾腹の王子である自分には、王城の防御砦しか与えられない ……
アインシュタット公爵が国王の仕事熱心な相談役として王城に詰め、公爵邸のほうには滅多に帰らなかった理由は、そうした不満が主だったのである。
(しかし堅牢な砦は、こうした密談には役立つものだな……)
書斎の小さな窓から差し込む夕日に、手にした薄紅の薔薇がいっそう赤く染まる。その香りをかぎ、グンヴァルトはうっそりと微笑んだ。
今の季節、王城の温室にしか咲かない薄紅の薔薇 ―――― それは、リュクス元王太子の葬儀の後、さる貴婦人の従者から手渡されたものだった。
渡された薔薇が1本だけならば、それは彼女自らが、ひとり忍んで訪れる合図 ――――
「お待たせしてしまったかしら?」
ひそやかに書斎に入ってきた彼女は、闇に溶ける喪のドレスをまとっていた。
黒のヴェールがついた帽子の下からあらわれたのは、見事な黄金の髪に青空の色の瞳。
「とんでもない。ようこそ、いらしてくださいました」
グンヴァルトは立ち上がり、差しのべられたかぼそい手を取って挨拶した。
「当代一の美女と名高い、薔薇の貴婦人のお誘いとあらば、待つ時間もまた心浮き立つもの……」
「まぁ、お上手。ですけど、私たちの間にそのようなお世辞は、必要ないわよね? ……時間が足りないの、早速本題に入りましょう」
「王太子様の葬儀の夜くらい、あの方もお控えになるのでは?」
ふん、と貴婦人が鼻を鳴らした。
「ええ、控えていただけるようなお方なら、私も少しは彼を信頼できるでしょうよ。相変わらずお盛んでイヤになるわ」
「ならば、新しい王子の誕生も、期待できそうですな……」
「冗談はやめて? リュクスが亡くなったばかりだっていうのに!」
「まぁまぁ。そう感情的にならないでください。事実上、我々が王位継承で優位に立つには、あとこれくらいしか手がないのですよ」
「本当に…… 悔しいけれど、見事な先手の打ち方だったわ。どこであんなこと、画策していたのかしら?」
「さぁて、ね…… リーリエがルイーゼを後継指名することは、国王・王妃には事前報告があったのでしょうが」
おそらく、妻 ―― 聖女リーリエが、娘のルイーゼを後継に指名したことに関しては、自分の与り知らぬところで周到に計画されていたに違いない。
新しい王太子の指名にしても、本来なら国王の相談役である自分に一言あってしかるべきなのに、なにも無かった。
国王が、ひとりでグンヴァルトを無視することを決めたとは考え難い。
彼は、腹違いの兄がずっと、野心と嫉妬を胸に秘めながら自身を支えていた、などとは思いもしないだろうから。
とすれば、これもまた、聖女やルイーゼの入れ知恵なのか ――――
グンヴァルトにとってはなにもかも、我慢しがたいことであった。
女のくせに、どこまでもコケにしおって。
「ともかくも、王太子の指名争いの始まる前に、こうも迅速に動かれては、どうしようもありませんな」
ちっ、とマルガリータが舌打ちした。
2021/08/12 誤字訂正しました!報告くださった方、どうもありがとうございます!




