23-3. 後継指名③
先ほど丘の上でリュクスの葬列を見送っていたとき ――――
「聖女の後継ぎはともかく、王太子になんて。あなた、本当になりたいの?」 と問うたエルヴィラに、ルイーゼはこう答えた。
「わたくし、今度こそはわたくし自身の幸せのために生きるのだと…… それを一番にしてきたのですけれど、そうしましたら、どういうわけか、大切なものが増えてしまいましたの。
全部、失いたくはございませんから…… こうなることは、最善の策と考えております」
「あなたが王太子とか…… できるとは思うけど、やりたくないんじゃないの? 悪霊と静かに平和に暮らしたい、って言ったばかりじゃない」
「ですから。わたくしが王太子になるほうが、内乱やそれに乗じた魔族の侵攻の可能性を潰せるでしょう? 目的に合っていると存じます」
「そうなんだけど、それって、あなたがまた…… その、いろいろと諦める? 原因になったりしないのかな、って」
「大丈夫でございます。申し上げましたでしょう? わたくし、なにひとつ諦めたくはございませんの。
そのために、こうして、計略の限りを尽くしているのですよ」
「うん…… ま、ルイーゼがいいなら、いいんだけどさ」
モヤモヤしつつもなんとか納得したエルヴィラであるが、その後すぐに魔族と戦うことになり、立て続けにザクスベルトの姿が見えなくなり ――――
再び、心配になってきてしまったのだ。
(こんな状態で王太子の内定宣言とか、本当に大丈夫なの、ルイーゼ?)
そんなエルヴィラの視線を受けて、ルイーゼは淑やかに礼を取った。
―――― ザクスベルトが居なくなったことで、取り乱し、内心ではそのことばかりが気になっていたが……
エルヴィラの不安そうな表情を見て、しっかりしなければ、と改めて思ったのだ。
姿勢を正し、涼やかに微笑んで、挨拶する。
「わたくしアンナ・マリア・ルイーゼは、皆様、御先達を見習い、聖女の後継として、また王太子として精一杯務めさせていただく所存にございます。
なにとぞ、ご協力くださいますようお願い申し上げます」
―――― この世に大切なものがひとつでも残っているのなら、希望を自ら手放す必要は、どこにもない。
するべきは、闘うことだけだ。
「皆様、新たな後継者をよろしくお支えくださいませ」
王妃がルイーゼに次いで挨拶をし、国王が満足げにうなずいた。
「よろしい。正式発表及び、立太子の儀は近々行わせるものとする。心しておくように…… ああ、拍手は結構。場が場なのでな。
それより…… リュクスとの、最後の別れを惜しんでやってくれ」
「ああ……」
両手で顔を覆ってうつむいたのは、マルガリータである。
国王の愛妾は、この一連に口を挟む立場では当然なく、青ざめて成り行きを見守っていたのだが…… ついに、感極まったといったところか。
―――― 亡き王太子の生母であるという以外にこの場にいる理由のない、不安定な立場の愛妾。
マルガリータもまた、息子の死をただひたすらに悲しんでいるわけには、いかなかった。
愛妾には、世継ぎを生まなければ国王の死後は王宮から追われてしまう末路が待っている。
将来への不安から、彼女はおそらく、国王の後継者争いでアインシュタット公爵に与し恩を売ることを画策していたはず…… それが今、アッサリと潰されたのだ。
彼女の心境は今、絶望と不安でいっぱい、といったところだろう ――――
泣き崩れるマルガリータの前に、王妃はつかつかと歩み寄ると、儀礼的に声を掛けた。
「リュクス様との最後の儀式の前に、このような騒ぎとなりましたこと…… お許しくださいませね」
長年、愛妾の立場でありながら、国王の寵愛を良いことに、王宮で我が物顔に振る舞っていた女。
王妃の発言は、彼女への、謝罪の形を借りた勝利宣言であった ――――
2021/08/12 誤字訂正しました! 報告くださった方、どうもありがとうございます!




