3-1 . 悪霊王子①
【ふーん。リュクスが王太子で、ルイーゼがリュクスと婚約、か……
俺の知らない所で、皆オトナになっていくんだな……】
ルイーゼの自室に入った途端に、ふよふよと宙に浮きながらのんびりしみじみ感想を述べるのは、ザクスベルトもと王太子。
生前とほぼ変わらぬその姿に、ルイーゼは、複雑な思いをかみしめていた。
―――― もともとルイーゼは、ザクスベルトとの婚約が内定していたのだ。
彼が亡くなった後にリュクスと婚約することなど、知られたくはなかった……
「その婚約は、成立させてはいけませんの。あのおかげで、わたくし17歳で死罪になるのですもの」
【どういうことだ】
ルイーゼはザクスベルトに、これまでの経緯 ―― 魔族の国とカシュティールの講和のとばっちりで婚約破棄されてから投獄、毒杯をあおって冥神の森で目覚めるまで ―― を全て、打ち明けた。
「ザクス兄様には信じていただけるものと存じますけれど…… いいえ、信じていただきとうございます」
【信じるよ】
「ありがとう存じます。…… でも、どうして?」
【俺だってある意味、超常現象になってしまっているしな?
そんな俺が急に視えるようになったのも、ルイーゼが1度は死んだせいだとすれば、説明はつく。それに……】
本人は気づいていないかもしれないが、ルイーゼは急に、以前よりもよく喋るようになった。
イキイキとした表情の美しさは、時に、ザクスベルトをハッとさせる。
―――― かつて、常に人形のように静かだった少女は、もうここにはいないのだ。
ルイーゼの心を覆っていた固い殻を破ったのが、死の直前の苦しみだというのなら、それは納得できないことではなかった。
―――― だが、ザクスベルトがそれを説明するよりも早く。
青い光と共に轟音が響き、真っ二つに切り裂かれるかのように建物が揺れた。落雷である。
カシュティール王国は、神々の力に護られている国 ―― 王城をはじめ貴族や大商人の邸宅には、神力を活用した対災害用の施工がなされており、もちろん、アインシュタット公爵家も同様であったため、直接的な被害はない。
それでも、部屋の外では使用人たちの慌てたような声が飛び交い、ルイーゼもまた、詰めていた息をほっと吐き出した。
「驚きました……」
【すまないな】
「ザクス兄様のせいでは、ございませんでしょう?」
【………… いや、それが…… おそらく、十中八九は俺のせいだ】
「なぜでしょう?」
【つまり、普通は人は死んで霊になれば永遠の国に行くだろう? で、何らかの未練があって、あっちに逝けなかった者は普通、幽霊になる】
「ザクス兄様もそうでいらっしゃいますでしょう?」
【ま、そこは同じなのだが、違うところが……】
言い淀む、もと王太子。
―――― ザクスベルトがこの世に未練を残したのは、国の行く末を心配してのことだった。
断じて、恨みや復讐のつもりではなかった。そのはずだ。
だから、この現状には、彼自身が認めがたい部分が、大いにある。
―――― それを、生前から自分を尊敬し慕ってくれていた、従妹に言わなければならないのは……
非常に、気がひけるのだ。
「兄様、どうか、なさって?」
ザクスベルトは、覚悟を決めた。
覚悟を決めたが、言い方はかなり遠回しになった。
【実は、ハメられて処刑されたという死に方のせいか、それとも、自覚ないままに恨む気持ちがあったのか……】
「つまりは、どうなりましたの?」
【……………… 悪霊に、なりました】
長い沈黙の後、気まずそうに白状する王太子と、公爵令嬢の耳には ――――
空をつんざくような雷の音が、響いていた。