23-1. 後継指名①
「エルヴィラ姫。来てはなりません、とお伝えしませんでしたか」
「わたくしがお呼びしましたのよ、クラリッサ様。ここ冥神の森でしたら、警備はじゅうぶんでしょう? いくら魔族とはいえ、エルヴィラ様おひとり程度、いらっしゃっても心配ありませんわ」
亡くなった王太子との最後の別れの儀の直前に、急に現れた魔族の姫 ――――
エルヴィラの姿にあからさまに眉をひそめる王妃を遮ったのは、聖女リーリエだった。
「リュクス様の婚約者だった方ですもの、最後のお見送りくらい、させてあげて当然でしょう?
それに、本題は別にございますのよ…… ルイーゼ」
静かだった墓地に、ざわめきが広がった。
―――― 聖騎士にエスコートされて姿を現したのは、聖女によく似た、そこに居るだけで人目を引いてしまうような美しい少女。
「ルイーゼ……? 死んだのでは、なかったのか?」
「お父様、わたくし、地獄から復讐しに参り 「違うでしょ」
見る人をぞっとさせるような眼差しを実の父であるアインシュタット公爵に向けた娘に、呆れ顔をするリーリエ。
そのまま、主だった人々をゆっくりと目で制した。
ざわめきが、次第におさまっていく。
「皆様、真実をお話いたしましょう…… わたくしどもの娘ルイーゼは、魔族たちから命を狙われておりましたために、一時亡くなったことにして、難を逃れておりました」
驚きの声が再び、あちこちから上がった。
「なぜ命を狙われていたのか…… それは、ルイーゼには聖女としての素質があったからなのです……!」
実際に素質があったのかどうかなどは、どうでもいい。
ここで欲しいものは、ルイーゼが聖女の後継たる大義名分である。
そのために、事実を利用する。
―――― ルイーゼもよく使う手法だが、それをしれっと言い切る母親を見るにつけ、血の汚さを実感してしまうのもまた、事実。
もっとも、おキレイに滅びてゆくよりはずっといいけれど。
「なんだと!?」
顔色を変えて聖女に詰め寄ったのは、アインシュタット公爵である。
この男にとっては、実の娘が無事に生きていたことよりも、娘として利用しにくくなることのほうが、重大だった。
聖女の後継などになられたら、もはや、手の内に収められなくなってしまう ――――
「この娘に、神力など片鱗も見られなかったではないか! どういうことだ!?」
「…… 今ここで、詳しく説明するつもりはございません。ですが、こちらを見ていただければ、おわかりになりましょう」
公爵を冷たくあしらい、リーリエは墓地の中央に設置された時の水晶に神力を注いだ。
この水晶は、亡き人のありし日の姿を一時的に映して、残された人の心を慰めるもの。
だが、使い方によっては、別のものを映すこともできるのだ。
―――― 水晶に現れたのは、ルイーゼとエルヴィラがいた、丘の上。
魔族を蜘蛛糸で拘束するエルヴィラと、無表情に神の炎を放つルイーゼの姿が、バッチリと映されていた。
ルイーゼは、慌てた。
(ああああ…… ちょっと、恥ずかしいのでやめてくださいませ、お母様!)
エルヴィラはいい。
人々に、彼女が魔族の敵であることを印象づけるのは必要なことだから。
だが。
拘束され動けない魔族を、ものすごく一方的に燃やすルイーゼの姿は……
(まるで、弱いものいじめのようではございませんか……!)
こんなに恥ずかしいのは、先日、ザクスベルトに思いきって 『美しい月夜』 云々を言って以来である。
いや、むしろそれよりも恥ずかしい。
そして姿の見えなくなった悪霊のことが、改めて思い出されてしまう。
(兄様…… きっと、帰ってこられますよね…… このまま終わりでは、ありませんよね)
「予想はしていましたが、本当に、なかなかのものね? 優秀ですよ」
聖女はほめてくれたが、ルイーゼとしては、穴があったら入りたい。
そして入ったら、誰にも見られてないのを良いことにベソベソ泣きたい気分である。
無論、そのような心情は押し隠して堂々ニッコリと 「おそれいります、お母様」 などと応じているわけだが。
ともかくも、この映像は、ほかの王家や神殿の面々には効果抜群だった。




