22-2. 浄化②
「ザクスベルト殿下は聖剣を手に闘い、魔族を殺しました。
ということは、彼が一般的な悪霊のように、恨みや妬み、人に対する害意などだけで、この世に留まったのではない、と考えられます。
―――― 神力で浄化される要素だけの悪霊なら、どれだけ力が強くても、聖剣を扱えるはずがない」
「そのとおりでございます。ザクス兄様に限って、悪意など……」
ルイーゼだけではない。
ザクスベルトを知る人なら、誰もが口を揃えて言うだろう。
『あの方が悪いわけがない』
しかし、ファドマールはそうではなかった。
「おそらく、リュクス殿下…… 弟君を殺されて復讐心が芽生えたことで、彼は、より悪霊らしくなったと思われます」
「悪霊らしく……」
「見た目は我々とそう変わりませんが、彼は言わば、精神体ですから。
強烈な復讐心はすぐに存在に影響し、悪霊としてより強い力を得る反面、聖剣には浄化されやすくなってしまいます」
「けれど、ザクス兄様は」
「わかってますよ、ルイーゼ」
ファドマールは、言い募ろうとする従妹を止めた。
「彼は、元々は、人間でした。ですから、どれほど恨みや害意を抱こうと、そうでない心も、どこかに残っているはず…… 聖剣の力だけで、消滅するわけがありませんよ」
「…… ええ…… きっと、お疲れになったので、どこかで休んでおられるだけ、でしょう」
「そうですよ、ルイーゼ様。あの丈夫そうな悪霊が、簡単に消えるわけありませんって!」
「それ、あたしも同意」
両手で顔をおおってうつむいてしまったルイーゼをパトラとエルヴィラが慰めるのから目をそむけ、聖騎士は所在なさげに窓の外を眺めた。
もともとファドマールは、悪霊がこの世に留まることには反対だったのだ。
正直にいえば、ここでザクスベルトが完全に消えてくれてもいっこうにかまわない。
―――― だが、あの雨の舞踏会の晩。
聖女に、約束させられてしまったのだ。
ルイーゼとザクスベルトに、できる限り協力する、と ――――
あの時。
「ルイーゼを甘やかして、悪霊が憑いたままにしていても、双方にとって良い未来は望めません。
叔母上…… いえ、聖女様ならご存知でしょう? 悪霊は強大になれば、国を滅ぼすほどの災いを呼び込むんですよ。
即刻、斬り捨てて 『永遠の国』 へ送るべきです」
そう主張したファドマールに、聖女リーリエは何もかもを見透かすような眼差しを向けた。
「まだ、わからないわ。あの子は、未来を変えようと全力でもがいている。
そうである以上、私たちが予想もできなかったような結果が得られる可能性は、絶対にあるのよ」
「もし、ダメならば……」
「ダメかどうかは、挑戦してから考えればいいわ。
わたくしも、できる限りのサポートをいたします。ね、ファドマール。あなたも、協力してくれるのでしょう?」
馬車の窓を流れていく風景はいつの間にか、緑のじゅうたんのような小麦畑にかわっている。
―――― このままザクスベルトが消えてもかまわない、と、ファドマールは考えていた。
(ルイーゼも最初は泣くだろうが、来年、再び小麦が芽生える頃には、受け入れている……)
そもそも、今年の始め、ザクスベルトが処刑されたことを知った後、ルイーゼは泣くこともできなかったのだ。
ただ、胸に穿たれた穴を埋めようとするかのように、冥神の森のザクスベルトの墓に通う日々だった。
まるで魂だけ 『永遠の国』 へ飛ばしたかのようなその様子に、ファドマールはひそかに心を痛めていた。それと比べれば、今のように取り乱せるのは、100倍マシだ。
これもおそらくは、ルイーゼが、悪霊とはいえザクスベルトに再び出会い、ともに過ごしたおかげだろう。
ザクスベルト様、とファドマールは内心で呼び掛けた。
(あなたのお陰で、ルイーゼは変わりましたよ。ですからもう、そのまま、安らかにお逝きください。これ以上、この娘を 『永遠の国』 へ引っ張らないでください……)
ルイーゼたちをのせた馬車は、鬱蒼とした森の入り口で、静かに止まった。
冥神の森だ。
地の神殿が管理する王族の墓場では、国王、王妃、生母マルガリータをはじめ、王室や神殿の主だった人々が、リュクスもと王太子との最後の別れのために集まっていた ――――
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これにて第2章終了、次回から第3章に入ります。
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