22-1. 浄化①
【遅くなってすまなかったな、ルイーゼ。怖かっただろう?】
「いいえ。信じておりましたから…… もしこの方たちが本気で魔力を使ってきても、ザクス兄様なら、助けてくださったでしょう?」
「あざといわね、ルイーゼ」
「? なにがでしょう、エルヴィラ様? 本当のことしか申し上げておりませんけれど」
「けっ……」
横を向く、エルヴィラ。
見ていられない雰囲気なのだ。
(こっちは、婚約者亡くしたばかりだっていうのに…… いい感じにイチャイチャと!)
アミュレットを握りしめるルイーゼの手が、今さらのようにガクガクと震えているが、それさえエルヴィラには、あざとく見えてしまう。
(さっきの戦闘では、あんなに落ち着いて無慈悲に魔族を燃やしていたのに…… 想い人の前では演技するわけ!?)
どちかといえば、ルイーゼが演技していたのは、先ほどの戦闘中のほうである。
エルヴィラに 『冷静で頼りになる友達』 と思われたかったから、公爵令嬢ならではの技能 ―― どんな時にも表向き取り乱さない ―― を発揮して、落ち着いて余裕ありげに振る舞っていたのだ。
そして、ザクスベルトの出現で油断しまくったルイーゼは、今になって素に戻り、改めてブルブルしているわけなのだが……
「本当に性格悪い女!」
エルヴィラには、こう見えてしまう。
それはさておきそんなわけで、ルイーゼはザクスベルトに、無自覚にここぞとばかりに、甘えまくっていた。
「でなければ、このようなこと、怖くて怖くて…… 本当に、怖かったのですよ?」
【すまなかったな…… だが、安心してほしい。ルイーゼが危なかったら、この身に代えても助けるから】
「…… ありがとう存じます、ザクス兄様。ザクス兄様の御身に代えられるのは、困りますけれど……」
【いや、ルイーゼが居なくなった世の中で、俺だけ残ってもな? 俺はもともと悪霊なんだから、逆のほうがいい】
「けっ……」
吐き捨てたのは、やはりエルヴィラである。
【ただ……】
ザクスベルトは困ったように微笑んでみせた。
「…………! ザクス兄様!?」
悪霊の声や輪郭が、次第にぼんやりとしてきている。
―――― 先ほどから気づいてはいたが、もう、気のせいとは思えないレベルに。
【今はちょっと、限界かな…… 聖剣にアテられちゃったみたいで…… それ、ファドマールに返しといて……】
白銀に輝く聖剣が音を立てて地面に落ち、ザクスベルトの姿が、消えた。
「ザクス兄様……!」
「落ち着いて、ルイーゼ」
「どうして!? 約束しましたのに……! どうして」
「きっと、ほんの少し、どこかで休んでるだけだって。ほら、『聖剣にアテられた』 って言ってたじゃない。ちょっと疲れただけよ、きっと」
「悪霊は疲れないのですよ!?」
「いやそこ真面目にツッコまれても」
取り乱すルイーゼをエルヴィラがなだめていると、不意に、背後から声がかかった。
「失礼します」
ファドマールだ。
ルイーゼによく似た黒髪に黒い瞳の美貌の聖騎士は、恭しく礼をして告げた。
「叔母上が…… いえ、聖女様がお呼びです。急ぎ、冥神の森へおいでください」
※※※※
冥神の森へ向かう馬車の中 ――――
「彼が聖剣を借りに来たのは、ルイーゼ、あなたが王都に戻ってすぐのことです。よほど、頭に血が昇っていたのでしょう…… 」
ファドマールによれば、その時にはもう、ザクスベルトはリュクスを殺害した魔族を探し出して仇を討つ覚悟であったらしい。
「もっとも、彼にはもう、昇る血も下がる血もないわけですが。すでに亡くなっていますのでね」
「その注釈、要らないわ」
「ですよね!」
エルヴィラとパトラ ―― 馬車でルイーゼを待っていたのだ ―― にすげなくダメ出しされ、一瞬、残念そうに首をすくめる聖騎士。
だがすぐに無表情に戻り、事務的な口調を続けた。
「一応、注意はしました。悪霊が聖剣を持ち続ければ、その神力で浄化…… つまり、この世には留まれなくなる可能性がある、と」
悲鳴を、ルイーゼはすんでのところでのみこんだ。
「では、ザクス兄様は……」
確かに最初からザクスベルトはしばしば 『あの世逝き』 を口にしていたが、その時がこれほど突然にやってくるとは、思わなかったのだ。
「嘘でしょう? そんな…… いきなり、『永遠の国』 へだなんて……」
「当然ですよ。そもそも聖剣は、悪霊を消しはしますが、あの世へ送るアイテムではないですから」
「そんな……」
「安心してください。聖剣により浄化されるのは、悪しきものだけです」
ファドマールは、心底イヤそうに、保証した。
「なので、ギリギリかもしれませんが、アレが全部消失するわけは、ないのです」
消失してくれたほうが、世のため国のためだとは思うが…… さすがのファドマールも、それを従妹に言うことは、できない。




