21-2. 反撃②
先日、魔将軍ロペスの圧倒的な魔力の前にはアッサリと破れてしまったが、もともとアッディーラの特殊な蜘蛛糸は、魔力への耐性にも優れているのだ。
「ほらほらほらほらっ! あなたたち、その程度なの? 大したことないわね!」
魔族が放った炎をものともせず、エルヴィラの操る糸は、彼らの四肢に絡みつき、その動きを封じた。
もがけばもがくほど、絡まっていく ―― 『魔性の糸』 とでも評したいところだ。もし彼らが、魔族でなかったら。
「………………」
ルイーゼはといえば、無言で神の火を放っては、蜘蛛糸ごと魔族を燃やしていっている。
「ちょっと、タイミング! 一声くらいかけてよ! 糸、かけなおさなきゃじゃない!」
「………………」
エルヴィラの苦情にも無言を貫いているのは、そうでないと神力が使えないからだ。
―――― 神力を使う者には、生来、身の内に神力を備えている者がほとんどだが、ルイーゼは完全な憑坐タイプである。
自身を神力の媒介とする…… 余分な意思や感情を持たず、精神を集中させて身の半分に神を宿すことにより、より大きな力をふるうことができるのだ。
ルイーゼが聖女の見習いとしての上達が早かったのは、このためだった。
余分な意思も感情も捨てる、それは、1度目の人生で当たり前のように行い続けていたことだったから。
―――― 人形のように周囲のいいなりになるだけの人生でも、生きてきたことは、無駄にはならなかった ……
神の火が獲物を失って燃え尽きたあと、残っているのは、灰だけだった。
「想像以上に一方的な闘いになってしまいましたね。申し訳ないような気が、いたします……」
「たぶん…… 彼らは、誰かの兵だったんだと思う。相当、優秀な」
エルヴィラの解釈に、ルイーゼは首をかしげた。
「優秀?」
「魔族で上官から信頼が厚い部下は、ほとんど自分の意思を持たないの。ただひたすら、命令に忠実……
きっと、魔力をハデに使うことが禁止されてたんじゃない? 今、そうしちゃうと、これからカシュティール内での活動がしにくくなるから」
「生命を失っても?」
「どのみち、上官の命令に逆らった時点で生命はないし、それで死ぬのは不名誉とされているし……」
「…… 結局は、どちらの国でも、他人を思いどおりに便利に使いたい者がとる方法は、似通ってくるのでしょうか……」
カシュティール国の貴族の間では、家のため、国のために身を捧げるのも、従順さも美徳だ。特に女性においてはそこに 『結婚せねば1人前ではない』 という縛りがつく。
道徳、名誉、常識、身分 ―――― カシュティールにまかり通っているそれらの大部分は、誰かが他人を思いどおりに支配しようとして押しつけ、長い年月をかけて慣らしたもの…… そう、最近のルイーゼは理解していた。
アッディーラは魔族の国だから違うのかと思っていたが、エルヴィラによるとどうやら、そうでもないらしい。
(身分や名誉など、無くても普通の暮らしには困りませんのに……)
―――― 少なくとも、辺境での修行でルイーゼが接した庶民たちは、困っていなかった。
彼らは何ひとつ誇らず、助け合って暮らし、小さなことに喜びを見出しながら日々を紡いでいた。
彼らの生活にも道徳や常識はあったが、それらが、人が人を見下す道具として使われることは、決して無かったのだ ――――
なのに、人も魔族も大半は、本当には必要でないものに踊らされ、やすやすと支配され、しかもそれに気づいていない。
「気持ち悪うございますこと」
【ま、今回はそれで助かったんだろう? …… それにしても、見事に燃やしたな】
嫌悪感もあらわなルイーゼの呟きに応じるように、頭上から声が降ってきた。
見上げればそこには、ふよふよと浮く悪霊。
なぜか、いつもより透けているように見える ――――




