20-4. 報復④
流血描写があります。
苦手な方は御注意ください。
ロペスは、剣も魔法も魔王軍随一の使い手ではあるが、好むのは、策を弄して敵を罠にかけたり脅迫したりするほうだった。
相手が迷い苦悶する姿を見るのが、楽しいのだ。
魔族が 『平和的支配』 を目論むカシュティールに送られたのも、そちらの能力を見込まれたからこそ、である。
「ほら、早く助けに行かないとね?」
少女たちが部下の魔族に囲まれている様子に、ザクスベルトが逡巡しているのを嗅ぎとったこの魔族の将軍は、先ほどにも増して饒舌になった。
「あの娘たち、どうなっちゃうのかなぁ?
アンタにもわかるだろ? 我の命令ひとつで、あの娘たちは死ぬんだぜ。
だが、ここで我を見逃せば、何事もなく引き上げさせてやる、と言っているんだ」
嘘である。
次のターゲットをアインシュタット公爵に定めた今、エルヴィラはともかく、ルイーゼは殺害しなければならない。
しかし、脅しに使うには有効 ――――
生前のザクスベルトについては、性格から行動傾向まで調べ尽くしている。
弟のリュクスと、ザクスベルト。
次のカシュティール国王に据えるのに相応しい、魔族の傀儡となりやすい王子はどちらか ―― 徹底的に調べた上で、彼らを罠にかけたのだ。
優しく誠実だが気弱なところのあるリュクスには、密かに兄を裏切らせることで弱味を握った。
ザクスベルトの誠実さは、リュクスの誠実さとはまた違う。彼は、『人』 ではなく己の信条に対して誠実なのだ。
目の前に利益をちらつかせ、欲望を刺激しても動かない ―― 魔族としては、扱いにくいタイプだった。
まさか、うまいこと処刑させた後に悪霊になっているとは思わなかったが ―― ともかくも。
悪霊になっても弟の仇を討ちにやってくるほど義にあついザクスベルトが、エルヴィラや、生きていた頃に婚約者になる予定だった従妹を守ろうとしないはずが、ない。
「ま、こっちにしても、ここで魔力を無駄に使って目立つのは本意ではないからね。アンタは我を、見逃すだけでいい、ってことだよ。
信用できる、優しい取引だろ?」
【言いたいことはそれだけか?】
静かな問いと共に、予備動作もなく無造作に、白銀の剣が突き出された。
「え……?」
鋭い切尖が、軽く音を立てて魔族の胸に吸い込まれていく。
「あれ……? おかしいな……」
―――― これまで斬撃ばかりだったため、予想外の刺撃に、判断がほんのわずか、遅れたのだ。
それが、勝敗を分けた。
心臓は魔族にとって、魔力の源であると同時に、最大の弱点でもある。
そこに、ためらいの一切ない、ひとつき。
「まさか……」
猩々緋の瞳が、驚きに大きく見開かれたまま、光を失っていく。
(まさか、まさかまさかまさか……! 我が、この魔将軍ダミアン公爵が、まさか、こんなことで、こんなところで……っ !?)
だんっ…… 悪霊の足が勢いよく、燃えるような髪が乱れかかった額を、蹴った。
音を立てて倒れるロペスの上に降り立ち、剣の柄に足をかけ、力を込めて踏みにじる。
「この我に…… ふ…… すぐ…… この剣を取り除いてやる…… な…… ぐっ」
ロペスの口からも鼻からもごぼごぼと血があふれるのを見届け、ザクスベルトは剣を抜き、再びふるった。迷いの一切ない、剣捌き。
血に染まった、魔将軍の首が宙に飛び、一瞬のちには土埃をあげて、地面に落ちた。
そこに、タイミングを見計らったかのように、眩い光の柱が立ち、轟音があたりを揺るがした。落雷である。
【どうやら…… 悪霊としてランクアップしてしまったみたいだ……】
憮然とした呟きを残して、ザクスベルトの姿が消えた。
後に残されたのは、土と血にまみれ、焼け焦げた魔族の遺体のみ ――――




