20-3. 報復③
「アンタは魔族に対して敵意が強すぎてね、次の王には向かなかったんだよ、ザクスベルトもと王太子殿下。
融和どころか、国内にいる無害な魔族の商人まで叩き出そうとしていた…… ダメだよ、仲良くしなきゃ、ね?
それで、リュクス殿下に話を持ちかけたってわけ。彼は喜んで乗ってくれたよ。表向きは仲の良い兄弟がねー。
人間なんて、信用ならないものだね?」
【…… 言いたいことはそれだけか?】
斜め下から、さっと斬り上げられた刃を一歩退いてかわすと、ロペスは肩をすくめた。
「剣を振り回すだけ、相変わらず芸の無い男だ。駆け引きができないのは王子時代には許されても、国王になれば許されなかったろうよ……
ホラ、今だってさ、こっちがベラベラ喋ってるだけだと思ってるだろ? 甘すぎるぜ。無能と言ってやろうか?」
ロペスが手のひらを上に向け、宙に差し出した…… 魔力によって映し出されたのは、街外れの丘の上。
黒髪に黒い瞳の少女と、艶やかな赤い髪に赤い瞳の少女…… ふたりの周囲を、明らかに魔族とおぼしき者たちが囲んでいる。彼らの全身から、強い魔力の波動が感じられた。
「カシュティールに魔力を隠して潜んでいるのは、何も我だけでは、ない…… あやつら、今は命令で大人しくさせておるが、我が討たれたその瞬間に、あの者たちを襲うぞ?」
もともとロペスが彼女らの周りに部下を潜ませていたのは、今後のことを考えてのことだった。
もし、王位後継者に王妃を据えるならば、エルヴィラは用無しとして殺し、ルイーゼを確保する。
ルイーゼを養女とさせれば、王妃自身の正統性を高めるのに役立つだろう。
逆に、アインシュタット公爵を取り込むのならば、今後の火種にならないようルイーゼを殺し、エルヴィラを確保する。
―――― その予定で、魔族たちを派遣していたのだが ……
(それがこう便利に使えるとはね? 我の普段の行いのお陰かな)
今にも舌なめずりしそうな、愉悦に歪んだ口調を、ロペスはたっぷりと披露した。
「大切な従妹だったっけ? それに、大切な弟君が命をかけて守った女だよね? もう死んだ者の周りを聖騎士で固めるなら、こっちにも護衛をつけるべきだったな?
人間のすることは全く、不合理で不可解だ ――――」
【……卑怯だ】
「知恵と言ってくんないかなぁ? で、どうすんの……?」
ザクスベルトの藤色の瞳が、ロペスを突き刺すように睨みつけた。
その頃 ――――
「あんたたちっ、あたしたちに手を出したら、どうなるかわかってるの!?」
「もし、計画を聞かれていたとしたら、少しマズうございますね……」
「いや、今は、そこじゃなくてね? もうちょっと命の危険を感じてくれない、ルイーゼ!? こいつら、そこそこ強い……っ」
丘の上では、必死の形相で蜘蛛糸を操るエルヴィラのかたわらで、ルイーゼは落ち着いた様子で杯を口に運んでいた。
まわりを囲んでいるのは、赤や青、緑といった、鮮やかな色合いの髪を持つ魔族の集団……
彼らは急に現れ、強い魔力の気配をこれ見よがしに振りまきながら、ルイーゼとエルヴィラに迫ってきたのだ。
終始無言であるが、これが友好的な振る舞いでないことは明らかだった。
エルヴィラの顔には、焦りが出始めていた。
蜘蛛糸を投げても投げても、魔族たちを捕らえるどこらか、その手前で霧散してしまう。彼らの強力な魔力の前には、手も足も出ない ――――
しかしルイーゼは相変わらず、おっとりとあくびを噛み殺したり、していた。どれだけマイペースなんだ。
「ねえ、エルヴィラ様。落ち着いてくださいませね?
どうしてこの方たちが、わたくしたちを取り囲むだけで、何もできないのか、おわかりになって?」
はっとしたエルヴィラが、糸を操る手を止めた。
「もしかして ――――」




