20-2. 報復②
【お前が、我が弟を殺した不届き者だな】
ロペスの前に立ち塞がったのは、月の女神を思わせる銀色の髪と藤色の瞳 ―――― ロペスの記憶ではかつて、腹が立つほどに人懐こく明るかったその表情は今、凍てつくように冷たい。
無言のまま、身を翻して逃げる、ロペス。
魔族への警戒が厳しくなっている今、正体をあらわして魔力を使うのは危険だからだ。
もちろん、人間がいくら警戒しようとも、魔将軍の敵ではないが……
魔王の意向が 『平和的支配』 である以上、ここでみだりに問題を起こすわけにはいかない。
なぜならば、魔族にとって不要な者と逆らう者はサックリ排除するのが普通だから。いかに 『平和』 を標榜しようと、そこは変わらない。
もしヘタを打って魔王の逆鱗に触れれば ―― たとえ実子でも、確実に、プチッと潰されてしまう。
(あああ…… 面倒なことになった。あのヘタレ王子が、変にエルヴィラをかばったりするから……!)
その前に、ちょっと使いづらいからと短気を起こしてエルヴィラを殺そうとしたのが間違いだったのでは…… と、ロペスにツッコミを入れる者は残念ながら、誰もいない。
走って走って、ようやく街の外れまで来た時、付きまとっていた悪霊の気配が、ふっと消えた。
(まいた…… のか?)
【参る】
短い一言と共に、白銀の刃が一閃し、ロペスの身体を斜めに斬り下げてきた。
「うっわ……!」
すんでのところでかわす、ロペス。
「いきなり来るとか、卑怯じゃないか、ちょっと!?」
【魔族相手に卑怯もクソもあるか】
「しかも下品になってる!」
隙なく襲ってくる斬撃を跳び退ってかわしながら、ロペスは魔力を封じていた首元の呪符を引きちぎった。
瞬間、風采の上がらない従者の姿がゆらいだ。
代わりに現れたのは、燃えるような猩々緋の髪と瞳 ―― 魔族の姿だ。
―――― 頭上に容赦なく振りおろされる白銀の刃をかわしつつ、腰の黒鋼の剣を引き抜きながら一歩踏み込んで、鋭く敵に斬りつけ……
ロペスはすぐに、悟った。
「えーっ、この闘い、こっちがめちゃ不利じゃん!」
―――― 悪霊は、物理攻撃、無効。
―――― 魔力攻撃もほぼ、無効。
―――― だってもう、死んでるし。
唯一効果があるといえば、神力をぶつけるとか、神力を宿した聖剣で斬りつけるとか、であるが…… いかんせん、魔族は神力持ってない。
というか神力は、魔族にとっても脅威なのだ。
「しかもアンタ、悪霊なのになんで聖剣持ってるんだ?」
【ファドマールが貸してくれた】
「いや、そういう問題じゃなくてね? そりゃ我は魔族の中では強いほうだけど、そういうのは…… イタッ…… ちょっともー、暴力反対!」
【魔族が言うな】
「いやだなぁ、それって偏見」
喋る間にも、加速していく斬撃を、ロペスは間一髪ですりぬけ続ける。
「そもそもさぁ、弟君の仇討ちは泣かせるけど、アンタを陥れて処刑に追いやったのって、その弟君だよ、ザクスベルトもと王太子殿下」
凄まじいまでの刃の嵐が、止まった。




