20-1. 報復①
王族の棺は、時の神殿から始まり、国女神を祀る中央神殿、水、火、風…… と順に神殿を巡礼し、冥界の神を祀る地の神殿にて冥界の住人となる儀式を経て、冥神の森の王家の墓場に納められる。
神殿に到着する度に響く鐘の音を、葬列の最後尾に混じってロペスは聞いていた。従者の姿である。
といっても、わざわざ人間の従者などに身をやつしてこの葬儀に参列しているのは、王太子の死を悼んでのことではもちろん全然、ない。
この誇り高きアッディーラの魔将にとって、この度、リュクス王太子を誤って殺してしまったことは大きな失態だった。
失態を挽回するために、次のターゲットを探し出す ―― そして、することはいつもと同じ。
近づき、エサをちらつかせて言葉巧みに操るのだ。
―――― ロペス・デ・ダミアンの父にして上司である魔王の悲願は、大陸の平和的支配。
もともと、この大陸は魔族の地だったが、人類とそれに味方するいけすかない神々によって、魔族は最北の地、アッディーラに押し込められてしまった。
再び南下し、大陸を掌中に治めることは、魔王の、いや、魔族全体の宿願と言ってもいい…… と、ロペスは信じていた。
―――― なぜ 『平和的』 支配にこだわるかといえば、そっちのほうが抵抗が少なく実入りが多いからだ。暴力による支配など、魔族の間ですら、もう古い。
婚姻外交という、人間が発明した手段に乗れば、出来損ないの皇女を差し出すだけで利を得られるのだから。それを使わない手は、ないだろう。
(王妃はやはり、ボツだな)
屋根のない馬車の上で、小さく欠伸を噛み殺している黒いドレスの女性…… 彼女には全く権力欲がなさそうだ。
それに、実の息子ザクスベルトの死以来、魔族を毛嫌いしている。どのように利点をチラつかせても、靡いたりはするまい。
(その点、こっちは、見事なまでに俗物だ……)
続く馬車の上の人物を見て、ロペスは従者の服の袖を口に押しあて、笑いを噛み殺した。
―――― アインシュタット公爵は、大袈裟なほどに泣き続けていた。おそらくハンカチにタマネギの汁でも仕込んでいるのだろう。
前国王の息子だが、妾腹のため日の目を見ることのなかったこの男。一世一代のチャンスに、情にあつい人格者を気取ってみせている、というわけだ。
(正統の娘はすでに死亡、息子は妾腹…… たとえこの男が国王になっても、庶子の後継者指名にはまた、反対する者が大多数だろう。
そこに、あれの息子とアッディーラの皇女との婚姻を、ぶらさげてやれば……)
魔族の皇女とはいえ、王族は王族。婚姻により、アインシュタット公爵の息子は有力な王位継承者候補となる。
公爵を国王に据えた上に、婚姻のエサで二重に恩を売れば、カシュティールはもう、魔族にひざまずいたも同然であろう。
( 『恩』 などと本気で考えるのは人間だけだが、 『平和的』 な支配には確かに有効だな。早速、適当な手土産を用意して…… )
不意に、地面が激しく揺れ、行列が止まった。
慌てて乱れる従者たちの列から首尾よく逃げ出したロペスだが…… その背筋は、本能的な警戒心に凍りついていた。
【お前だな】
怒りに満ちた意思が、突き刺さってくる ――――