19-3. 葬送③
まず考えなければならないのは、リュクスの葬儀後のこと。
王位継承者の指名合戦と、エルヴィラの今後の身の振り方である。
リュクスの死によって、婚約者だったエルヴィラの地位は微妙なものになってしまった。
そしてまた、ルイーゼも ――――
王位継承者の指名は、能力や人望よりも秩序を重んじ、王族の血筋が濃い者から選ばれる傾向がある。
リュクスの後の王位継承者の有力候補は2名 ―― 隣国ナグウォルの王族の姫でカシュティール王家出身の母を持つ現王妃か、ルイーゼの父で前国王の妾腹の子であるアインシュタット公爵か ―― だ。
2人の立場はどっこいどっこい、と言ったところで、血筋的には現王妃のほうがアインシュタット公爵より勝っているが、この国の出身でないことがネックになっている。
一方で公爵の方は、庶子であることが最大の弱味 ―― 公爵としては権勢を誇っていても、王位継承者に指名されれば、血筋を重んじがちな貴族連中が、こぞって反対するに違いない。
血筋大事の貴族連中 ―― 彼らが王妃を推せば、王妃自身にその気がなくても、王位継承者の指名争いは、容易に内紛に発展してしまうだろう。
その隙をもし、魔族に突かれたら ……
結局はカシュティールはアッディーラから侵攻を受けることになるのではないだろうか。
しかも、婚姻というカードがリュクスの死により無効になってしまった今となっては、悪くすると国を魔族に滅ぼされる可能性すら、出てきてしまった。
その事態を避けるための方法は、ただ1つ。
現王妃とアインシュタット公爵両名よりも、明らかに正統性の高い候補が現れることである。
―――― たとえば、王家の姫が降嫁することもある由緒正しい準王族ツヴェック家の血を引き、もちろん生粋のカシュティール国人である、死んだはずの公爵令嬢とか。
「すでに手筈は整っておりますが、わたくしが生き返ることによる影響については…… もっとよく、考えてみなくては。
わたくしたち、ふたりともに有利になりますように」
「あたしも? どうして、あたしなんかのことまで、考えてくれるの?」
ルイーゼの何気ない台詞に、エルヴィラは驚いていた。
リュクスの婚約者という立場を失った魔族の姫など、ルイーゼにとってどんな利用価値があるというのか。
しかもエルヴィラには、ルイーゼを殺そうとした、前科があるのに。
エルヴィラの問いには直接答えず、ルイーゼは、再び杯を蜂蜜水で満たした。
「わたくしたちを不幸にする、本当の敵は、誰でしょう? 誰を味方にして、誰と闘うべきなのでしょう?
わたくしの幸せは、魔族を滅ぼすことでも、カシュティールの領土を増やすことでもありません。ただ、愛する方と、穏やかに暮らすことでございます」
「婚約者亡くしたばかりのあたしに、それ言う?」
「ええ。理由は…… エルヴィラ様ご自身、ご存知でしょう?
ともかくも、わたくしは、魔族が決してカシュティールに侵攻してこないように、しとう存じます。
エルヴィラ様…… あなたを味方と、信じております。よろしいでしょうか?」
エルヴィラは小さくうなずき、杯を掲げた。
「その。……前に殺そうとして、ごめん」
「いいえ、その貸しは、もう返していただきました、エルヴィラ様。これからは、わたくしのお友達として、協力していただけませんでしょうか?」
「ふん、図々しい……」
エルヴィラから見れば、ルイーゼはおっとりとした言動に隠れてわかりにくいが、かなりしたたかな女だ。
(お友達だなんて、どうせ、あたしをまた、便利に使うための方便に決まってる……!)
そうは思うものの、これまで魔族の国では 『魔力なし』 と冷遇され、カシュティールでは 『魔物姫』 とひそかに蔑視されてきたエルヴィラにとって、ルイーゼの申し出はかなり魅力的だった。
―――― 友達。
以前にもルイーゼは、いずれはそうなりたい、と望んでいた。
どうせ口先だけだろうと、その時は思っていたのだが ―― これで、2回目だ。
(もしかして、この子ったら、澄ました顔して本当の本気なのかしら!?)
もし、ルイーゼが本気でそう望んでいるのだとしたら。
―――― 友達。
1度目の人生も合わせて、エルヴィラには、初めての存在だ。
「ま、いいわ。これで、借りは全部返したことにするからね!」
「光栄にございます、エルヴィラ様」
「様、なんていらないわよ」
「では、エルヴィラ様……」
「なおってない!」
思わず唇を微笑ませたがすぐにそれを戻し、ルイーゼは静かな声で、今後の計画を話し始めた。