2-2 . 父公爵②
「お久しうございます、お父様」
「ああ。息災そうで何よりだ、ルイーゼ」
「今宵は…… 陛下とお気が合いませんでしたのでしょうか?」
「冗談のつもりか? 馬鹿なことを言うものではない」
冗談でなく、皮肉である。
父の厳格な顔を見ていると、ふっと、1度目の人生で投獄された折の恨みが甦ってきたからだ。
―――― 当時は無自覚だったが、よく考えればヒドい仕打ちな気がする。
(公爵ですもの。娘ひとり程度、裏から手を回して助けようとすることもできたはずですのに……
面会の1度すらなさらず、わたくしを絶縁されるのですよね、この方)
前の人生では、家のため国のため、だの、親は偉大で王はもっと偉大、だのと盲目的に信じ込まされていたせいでわからなかったが……
(事前から恨み言をいうわたくしも、どうかとは思いますが……
もしかしたら、この方も人としてはあまり尊敬できないほうなのでは)
と、改めて疑問を抱いてしまった。
少なくともルイーゼにとっては、グンヴァルトは良い父親ではない。
―――― そんなことを考えていたためか、父親との食事は驚くほど味がしなかった。
「最近は戦術書など読んでいると、家庭教師から聞いたが」
「国のためには大切では、ございませんこと?」
「ふん。女は着飾って愛想を振り撒いたほうが、よほど役に立つぞ」
そういえば、この会話は前の人生でもしたことがあった ―― と、ルイーゼは思い出した。
ザクスベルトの死後、彼女はなぜか、戦術書を手当たり次第に読むようになったのだ。
読んでいる間に何度も、ザクスベルトをハメた敵を滅ぼす夢想をしていたことは覚えている。
(つまり、わたくし、復讐がしたかったのですね…… 今、考えると)
それを父に止められて、ルイーゼは珍しくも反論し…… そして。
「そんなもの読むから生意気になる」
と、全ての蔵書を取り上げられた上、久々に罰を与えられてしまったのだった ――――
今度の人生でもまた罰を受けるとか、それこそ冗談じゃない。
「…… はい、お父様」
ルイーゼはうつむいて、素直な返事を心がけた。
「そのように、いたします」
戦術書で得た知識を応用するならば、反論とは、信用できる人に行うものだ。
グンヴァルト相手ならば、従うふりをして油断させたほうが良い。
(このようなことにも気づかなかったとは、わたくし、前の人生では相当おめでたかったのですね……)
実の父だというだけで盲目的に信用するなど、愚かにもほどがある。
会話の少ないディナーも終盤にさしかかり、デザートに見事なラズベリーのタルトが出た頃、やっと、グンヴァルトは重々しく本題を切り出した。
「お前に関して重大なことが決まってね、ルイーゼ。正式な発表は秋初めの王室主催の舞踏会だが……」
ざわり、とルイーゼの背筋が泡立った。
―――― うっかり忘れていたが、15歳の夏の夜、珍しく会ったグンヴァルトに告げられた用件といえば……
あれしか、ないではないか。
「リュクス王太子殿下とお前との婚約が決まった。今さら必要もないだろうが、10日後には形式的に見合いする。
その場で、王太子殿下より求婚いただける手筈になっているから、アインシュタット公爵の娘に相応しい礼節をわきまえてお返事申し上げるように」
―――― お断りしてくださいませ。その婚約のせいで、わたくし最終的に死ぬことになるので ――――
という台詞を、ルイーゼはうつむいて飲み込んだ。
グンヴァルトに異議を唱えようものなら、部屋に閉じ込められた上に、こちらが謝罪して従うまで食事抜き。かつ、使用人からさえ 『いない者』 として扱われる。
―――― それが、幼い頃からのこの家のルールだった。
「…… かしこまりました」
ルイーゼは父親に対してしとやかに礼を取り、自室に退がった。
―――― 今度の人生では、絶対に処刑などされない。
そのために、この婚約は必ず回避する。
…… しかし、牙を剥くのは、まだ、今ではない。