19-2. 葬送②
ルイーゼとエルヴィラがリュクスを送る葬列に参加していないのには、わけがあった。
ルイーゼは、リュクスの訃報に急ぎ王都まで戻ったものの、公には死んだ身であるから当然、葬儀に参加できない。
エルヴィラのほうもまた、王妃より参加を遠慮するように伝えられていた。
その主な理由は、魔族の襲撃の際に負った傷の療養と、事件によって魔族全体への国民感情が悪化したことであるが、もちろん、エルヴィラは納得していなかった。
「これってイジメよね? リュクス様の形見も、全部マルガリータ様に持ってかれちゃったし。あたしは、婚約者なのに……!」
「エルヴィラ様。そのようなことは、考えても口に出すものではございませんのよ? 不利にしか、なりませんでしょう?」
ルイーゼは銀の杯に、蜂蜜を混ぜた水を順に注いでいった。1つはエルヴィラ、1つはルイーゼ、1つは亡き人のために。
―――― 眼下にゆっくりと進む、蟻のような葬儀の列を見送りながらの、最後の宴である。
「わたくしたちはわたくしたちなりの、弔いをいたしましょう。ね、エルヴィラさま」
「なによ……!」
「お辛う、ございますわね」
噂で聞いたところでは、リュクスの生母マルガリータは、エルヴィラに掴みかからんばかりにして詰ったらしい。なぜお前が死ななかったのか、と。
それに対してエルヴィラは、泣き伏すばかりだったという。
―――― 普段の彼女ならば、逆ギレしてマルガリータに蜘蛛糸を仕掛けるくらいしそうなものなのに、随分としおらしい。
リュクスの死がよほどショックだったのだろう、とルイーゼは推測していた。
「あんたなんかに、わかんないわよ…… 悪霊になっても残ってくれる人がいる、あんたなんかに……」
「確かに、そのとおりでございます」
1度目の人生では無かった、リュクスの死。それは重く悲しい出来事ではあるが、ルイーゼにとってはザクスベルトのそれを上回るものではない。
―――― ザクスベルトが亡くなった時は、突然できた空白があまりにも大きすぎて、悲しいのだということすら、わからなかった。
それがたまに、身が千切れて動けなくなるかと思うほど、どうしようもなく、やるせないことだと知ったのは、今回の人生で悪霊になった彼に会ってからだ。
おそらくは今、エルヴィラも同じような気持ちでいるのだろう…… だが、わかります、などと白々しいことは、ルイーゼには言えなかった。
誰かにとっての誰かの不在は、ただ想像し、心を寄せるよりほかにないのだ。
―――― けれども、その前に、どうしても考えてしまう。
もし、ルイーゼが、婚約ひいては処刑回避のために、エルヴィラとリュクスを引き合わせなければ。
もし、母の病気の原因をつきとめるために、エルヴィラに魔族の商人を探らせたり、しなければ。
リュクスは、生きていたかもしれない ――――
そう考えれば、まるで自身の死の運命の身代わりにリュクスを差し出したようである。罪悪感、半端ない。
そして、罪悪感を持つことすら、言い訳のように、ルイーゼには思えてしまう。
割りきってしまえれば、どれほどラクなことか…… だが、それもまた、できそうにない。
「エルヴィラ様と同じように悲しむことができましたら、どれほど良かったことでしょう」
「…… 本当にあなた、性格悪い」
「ええ。 (今度の人生では) よく言われます……」
生き残ろうとするならば、何もかもに対して、キレイで正しいまま、というわけにはいかない。
―――― ルイーゼの1度目の人生は、空っぽだった。
清く美しい公爵令嬢は周囲からは称賛されたが、それ以外には何もなかった。
だからこそ、2度目は、他人から恨まれ憎まれても、生き残って幸せを掴む人生のほうを選んだのだ。
そうである以上、贖罪はしない。人前で涙を流してみせたりも、しない。
どうしようもない罪悪感を抱えたまま、最後まで生き抜く ――――
ルイーゼが杯をかかげ、目を閉じて黙礼を捧げ、静かに飲み干すと、エルヴィラもそれに倣った。
遠い戦地で亡くなった友を葬送る作法は、はるか昔、魔族が大陸を支配していた頃から行われていたという。
「このような時ですが、エルヴィラ様。わたくしたちは、悲しんでばかりはいられません。
リュクス様が亡くなられた今、考えるべきことは、山ほどございます ――――」
「それは残念だけど、同意」
エルヴィラは、真剣な顔でうなずいた。
ただ悲しみに浸っていられるならば、何日でもそうしていたい。
愛する人を身代わりにしてしまった自身を責め、後悔の涙に沈んでいたい。
だが、ボヤボヤしていれば、彼の死など何とも思わぬ連中が、先に動き出してしまう。
守りたいものがある以上は ―― 悲しみながらも、計略を忘れるわけには、いかない。