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幸せは、計略を超えて。~処刑された公爵令嬢の2回目は、悪霊王子とのハッピーエンド目指し、計略の限りを尽くして婚約回避いたします!~  作者: 砂礫零
第2章:聖女と魔族の陰謀と

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19-1. 葬送①

鬱回です。

苦手な方は飛ばしてください。

「リュクス様!」


「エルヴィラ……」


 リュクスは、エルヴィラにゆっくりと手を伸ばした。


「良かった…… 無事、だね……」


 先ほど、ロペスによってエルヴィラも、背中に傷を負ったばかりだが、リュクスには見えていない。

 エルヴィラ自身、それどころではなかった。


「リュクス様! なんって、バカなことをすんの!」


「これで、良かったんだ…… 貴女を、失うよりは」


「バカ!」


 リュクスのお腹には、黒い穴があいている。焼けただれた肉のにおい。

 そんなことない、違う、と思いたくても、もう思えない…… リュクスは、助からない。


 その事実を受け入れたくなくて、エルヴィラは、声をあげて泣いた。



「バカ! 一国の王太子でしょ、あなたは! なんで、あたしなんか……」



 エルヴィラの泣き声を聞きながら、リュクスはかすむ目を、窓の外の夜空に向けた。



 ―――― 地上が血と数多の欲望で汚れる夜も、空には無数の星が、決して手の届くことのない遠い場所で、美しく瞬いている。


 兄はきっと今、全てを忘れて、この星の間に遊んでいるのだろう、とぼんやり思う。



 ―――― そういう人だったのだ。


 いつも真っ直ぐで、強くて、近くにいてもあの星々のように、遠かった。


(幼かった頃、何度も、王妃派の廷臣たちや貴婦人たちから、それとなく(かば)ってくれていたっけ……)


 けれどいつの頃からか、そうした正しさも優しさも、全て、妬ましく、憎らしくなっていた。


(そういえば…… 僕が木の上から降りてこれなくなって、助けてくれようとした兄上も、一緒に降りてこれなくなったこと、あったな……)


 あの時は、風に飛ばされたルイーゼの帽子を、取ってあげようとしたのだった ―――― 兄だけに向けられていた屈託のない笑顔を、自分にも見せてほしくて。


 結果は、騎士たちが気づいて助けてくれるまで、ルイーゼはずっと木の上を見上げて泣き続けて、助けられた後も、ごめんなさいと泣き続けていたのだが。


 あの頃のことは、ルイーゼはもう、覚えてなどいないだろう。

 

(そうだ…… あの頃から、ずっと……)




 エルヴィラの腕の中で、リュクスの血にまみれた唇が、わずかに動いた。



「…… ルイーゼ、ごめん……」



 僕は貴女に、悲しい顔をさせるしか、できなかった ――――




 ※※※※




 夜ふけにふと夢からさめると、藤色の瞳と目が合った。


「ザクス兄様…… 泣いて、らっしゃるのですか?」


【どうして、そう思う?】


 ルイーゼは黙った。


 ―――― 悪霊は、涙を流さない。だってもう、死んでるから。


 泣くのは生命(いのち)ある者の特権なのだ。


「これまで、拝見したことのないようなお顔を、なさっています、兄様」


【リュクスが、亡くなった。魔族にしてやられたと、エルヴィラ姫が……】


「…… まさか ……」


【俺が…… もっと早くに、気がついていれば……】


 うそ、という言葉を、ルイーゼはすんでのところで飲み込んだ。

 ザクスベルトは、嘘や冗談でこんなことを言う人ではない。


 だからそれは、真実なのだ。


「あ…… まさか…… わたくしが…… 」


 身体が、震える。

 思考が、うまくまとまらない。


 ―――― 彼のことは決して、好きではなかった。


 1度目の人生のラストからずっと、ルイーゼは心のどこかで、リュクスに怒り続けていたから。


 どれほど甘いことを言われようと、真摯な態度を見せられようと、怒りは解けなかった。


 だから、決して気を許さず、バカにし続け 『誰からしてもそのほうが幸せ』 と言い訳しながら、エルヴィラにリュクスを押し付けた。


(けれど、亡くなるだなんて――――!)


 許していれば、良かったのか。


 忘れようとしても許そうとしても、解けることのない強烈な怒りを、身の(うち)に飼っていたから、いけなかったのか。


 ―――― その怒りが、リュクスを死なせてしまったのでは、ないだろうか……


【ルイーゼ、大丈夫だ。君のせいじゃない】


「ですけれど…… もし、わたくしが……」


 ―――― 時を遡ったり、しなければ。


 ―――― おとなしくリュクスと、婚約していれば。


 ―――― 『婚約した先に破滅しかない』 など、ただの詭弁(きべん)だったかもしれない。


 ―――― もっと真摯に考えていれば、誰も傷つけず、誰も死なずにすむ道が、あったのかもしれない。


【ルイーゼ、落ち着きなさい】


 抱きしめられたとたんに、目から涙が溢れてきた。


(わたくしったら、何をしていたのでしょう……!)


 後悔がある。

 目には見えない、運命とでも呼ぶしかないような巨大な力への恐れがある。


 ―――― 純粋に、従兄を悼む涙ではなかった。


 弟を失った兄に対する、思いやりの涙でもなかった。


 それが、ルイーゼには悲しかった。


 もうこれ以上、何ひとつ諦めまいと頑張って頑張って、それでもまだ、ちっぽけな子どもでしかなかった少女は、悪霊の冷たい腕の中で、声をあげて泣いた。


 こんなに泣いたのは、記憶にある限り、初めてのことだった。




 ※※※※




 時の神殿と中央神殿の呼びあうような鐘の音が、亡き人の瞳を思わせる、澄んだ青空に響く ――――


 リュクス王太子の葬儀の始まりの合図を、ルイーゼとエルヴィラは、街を見下ろす丘の上で聴いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] むしろ、こういう回があった方が深みが増して良いと感じる派です。 フラフラと唆されて、取り返しのつかないことをした人ではありましたが、人を想うという点では真っ直ぐでしたね。 ザクスの死の真…
[一言] とうとうリュクスさんが、天に召されちゃいましたね……。 (結局ザクスベルトさんより先に逝くことになるだなんて、当人は全く思っていなかったでしょうが……) よく輝いていたと思いますよ! お…
[一言] 婚約破棄された悪役令嬢が、婚約者の心を捕まえておけなかった私にも罪があるって、後悔するシーンをちょいちょい見かけますが。 その度に私は、『そこまで自分を責めなくていいよ』と思っていました。 …
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