18-1. 魔族の将軍①
「ロペスにございます。紹介状をいただきに参りました」
「「なに!?」」
「ああ、驚かれるのも無理はない…… けれど、リュクス王子。あなたを王太子にして差し上げた時、誓ってくださったはずですよ?
決して口外はしない、と……」
「誓いの魔法……? どうして?」
エルヴィラは呆然と呟いた。
『誓いの魔法』
その名の通り、誓約を破れば相手にわかってしまう。強力なものなら、誓約を破っただけで、死んでしまう場合もある魔法だ。
実力主義で下剋上も裏切りも日常茶飯事な魔族の間では、誓いなど信じられるものではなく、契約や同盟を組む際にはこの魔法が必須ともいえた。
しかし、以前に会った時、この商人 ―― ロペスに、魔力は感じられなかった。
そもそも、魔力のある魔族は、結界に阻まれてカシュティールには入れないはずでは、なかったのか。
―――― なのになぜ、リュクスに魔法をかけることができたのだろう。
「そのわけも含めて、お話させていただきましょう……」
ロペスの声が、獲物を見つけて舌なめずりする獣のような響きを帯びた。嬉しそうだ。
「けれどその前に、服を着たらいかがですかな?」
「ふんっ、確かに。お前のような者に、見せる身体はないものね」
手早く夜着を身にまとい、リュクスが服を着るのを目の端で確認しながら、エルヴィラは蜘蛛糸を室内に張り巡らせた。
「いいわよ。いらっしゃい」
―――― こうなったら、やるしかない。
もちろん、容赦するつもりもない。
ノコノコと出てきた方が、悪いのだ ――――
「さて、お二方には、日頃からお引き立ていただき、誠に感謝しております……」
大袈裟な身ぶりで挨拶する商人 ―― ロペスは、以前にエルヴィラが会った時とは、全くの別人と言っても良いほどの変わりようだった。
服装はそのままに、しかし、態度は王侯貴族のように堂々としている。いやしい笑いを浮かべて揉み手せんばかりに紹介状をねだっていたのが、嘘のようだ。
そして何より、その全身から漏れ出でている、凄まじいまでの魔力は ――――
エルヴィラは、息をのんだ。
「…… ダミアン公爵!」
「よく気づいたな、出来損ないが」
小柄な商人の身体が、一瞬、ゆらりとゆらめき、変容していく。
そこそこ背の高いリュクスを見下ろすような高身長がまとうのは、ノースリーブの軍服に光輝くような夢喰繭のマント。腰には黒鋼の剣。
精悍な顔立ちを彩るのは、赤く燃える髪と瞳 ―――― ロペス・デ・ダミアン公爵。
父である魔王の強大な魔力を受け継ぎ、若くして魔王の1軍を率いる、エルヴィラの腹違いの兄である。
「なんだと…… 魔族の将軍!? なぜ、ここに……」
「結界頼みのカシュティールなど、潰そうと思えばすぐ潰せるということさ」
驚くリュクスに、猩々緋の瞳がニヤリと笑いかけた。




