17-2. 叛逆の真相②
中盤、さらっとですがR15的な描写があります。
苦手な方は御注意ください。
「家族というものは、重荷かトラップか、あやまちの元にしか、ならないものなのかな……
毒殺未遂の使用人は、どうやら、例の魔族の商人の手の者から脅されていたらしいよ。
彼は、妹の恋人におさまっていてね。つまりその使用人は、父親と妹の命、そして妹の幸せな恋を質に取られていた状態だったんだ」
自嘲気味に語るリュクスを、エルヴィラは悲しい目で眺めた。
リュクスの気持ちは、痛いほどにわかる。
(あたしも、何もかも持ってる人が羨ましかったし、奪ってやりたかったし、それでどうなったってかまわない、と思ってた……)
けれども、力ずくで奪っても手に入らないものがある。
それに、無理やり手に入れても、あまり幸せにはなれない。
与えられ、与えてこそ、幸せなのだ ――――
それをエルヴィラに教えてくれたのは、リュクスだった。
1度目の人生では無理やり奪うことの虚しさを。
2度目の人生では、愛し愛されることの喜びを。
リュクスは、思い込んだら周囲が見えなくなるくせに、強い者にたてつくことなどできない、愚かで弱い男だが…… 人を愛することだけは、エルヴィラよりも、よく知っていたのだ。
「で、その魔族の商人が、ロペス…… この大量の紹介状を欲しがった男の正体だ。逆らえるわけがない。逆らえば、僕の罪を公にされてしまう ――――
本当に、処刑にまでなるだなんて、思っていなかったのに…… そこまで頼んでなど、いなかった……」
リュクスは両手で顔を覆って、うつむいた。
呆れるほどにバカな男だ、とエルヴィラは思った。
バカだけれど…… 愛しい。
「大丈夫、リュクス様。あたしが、助けてあげる」
震える肩を後ろから抱きしめて、エルヴィラはリュクスの金の髪に、唇を埋めた。
―――― 暖炉の熱がむきだしになった背中を燃やし、重なりあった身体の奥が、それよりもあつく溶けていった。
ちなみに、カシュティールには女性の婚前交渉はタブーとされる風習があるが、男性はその限りではない。
そしてアッディーラにおいてはその辺は、女性も男性もやったもん勝ち ―― 生物として当然の営みであり忌避するのがむしろ理解できぬ、と解釈されていた。
加えて、リュクスは流されやすい性格 ―― つまりは彼女がしっかりその気になった以上、ふたりを止めるものも、ふたりの間の布切れも、もはや、存在しえなかったのである。
―――― 何度かの抱擁を終えた後、エルヴィラは男の腕に甘えながら、口を開いた。
「ロペスを殺しましょ」
「…… なんだって」
「あんなののために、リュクス様が怯える必要なんてないのよ。
聖騎士たちをこの離宮の周辺にひそませ、紹介状をエサに呼び寄せて、殺してしまえばいい」
「そんなことをすれば、アッディーラとて黙ってはいないだろう」
「わかってないなぁ、リュクス様。あたしが言うのもなんだけど、魔力のない魔族なんて、大したことないのよ? その辺の小石と同じ」
便利に使う時もあるけれど、投げ捨てられた小石をわざわざ拾ったり、ましてや、小石のために激怒したりはしない。
それどころか、普段は存在すら忘れられている ――――
エルヴィラはそう、主張した。
「もし、聖騎士たちに知られたくないなら、あたしがやってあげてもいいわ…… あの商人なんかに、負けない」
無い魔力のかわりに、必死で身につけた蜘蛛糸の操糸術。
これまで役に立ったのは、公爵令嬢を傷つけた時だけだったが ―― それは、ルイーゼと少し親しくなった今では、決して誇れることではなくなっていた。
(…… でも。初めて、あたしの操糸術で、大切な人を守れるかもしれないんだ……
それにあたしは、愚かで弱い人よりも、それを利用して笑ってるやつらのほうが、もっと、許せない)
エルヴィラは、リュクスを抱きしめ、赤い瞳をギラギラと光らせた。
「リュクス様、大丈夫。あたしが」
守ってあげる、と言い終わる前に。
ひゅうううう……
急に、室内に風が吹いて暖炉の火をあおった。
「夜分に失礼いたします」
どこかから響く声は、あの商人のものだった ――――