16-2. 少年領主②
ユィター領はアッディーラと境を接してはいるが、ここからの通行は禁止されており、交易品が出回ることは滅多にない。
ユィター神殿の薬剤部がダムウッドの産地の違いを見抜けなかったのは、そのせいだった。
「つまり、ネヴァディア産のダムウッドが一般の規定量どおり、お茶に入っていることはまず、無いのですね、エカード様。けれど、今回は入っていた ……」
「それが必ずしも故意とは言い難いですが…… たまに1回や2回楽しむ程度では、ほかの産地のものと大して違いは出ませんし」
ルイーゼは、母 ―― 聖女リーリエの講義を思い出していた。
―――― 毎回、講義のたびにお茶とお菓子を用意してくれていたが、母は、いったん気に入ると同じお茶ばかり飲み続ける傾向があった。
「…… もし、たとえば、毎日、2~3度はいただくとしましたら?」
「それでしたら…… 1ヵ月以上、服用すれば、成分が体内に蓄積されて毒として作用することは、じゅうぶんにあり得ますよ、姉上」
「その際の症状など、おわかりになります?」
「もちろんです!」
エカードが胸を張ってまくしたてたところによれば、ダムウッドの継続的な摂取による症状は、まず、食欲不振に倦怠感、ついで眩暈や幻覚があらわれ、最終的には食べ物も水も摂れなくなって、弱って死んでしまうのだという。
(お母様と同じです……)
ルイーゼの1度目の人生で、母、聖女リーリエが発病した時の症状は ―― 最初は、軽い風邪から来る胃の不調と思われていたのが、次第に身体のだるさを訴えるようになり、寝付く日が多くなったのだった。
ルイーゼ自身は、母を見舞うことは禁じられていたものの 『悪い夢を見ておられるのか、しょっちゅう、うなされている』 といった類の噂を聞くことはあった。
それがエカードのいう、眩暈・幻覚のあらわれだとすれば ――――
母の症状は、ピッタリと合致することになる。
「ザクス兄様、お願いいたします。すぐに、エルヴィラ様とお母様に…… あら、兄様は?」
「お話の途中でもう、王都に出かけられましたよ」
「さすが、ザクス兄様です……」
侍女のパトラの言に、ルイーゼはほっと息をついた。
おそらくザクスベルトは、聖女リーリエに危険物入りのお茶の特徴を伝えて飲まないようにさせ、そしてそれを持ち込んだ商人を捕えるよう、エルヴィラを通してリュクス王太子に頼んでくれるだろう。
一方で、エカードの表情は、ぱっと明るくなったのだった。
「姉上、ボク、お役に立てたんですね?」
「ええ。ありがとう存じます、エカード様。本当に助かりました」
「じゃ、ご褒美にデートしてくれますか?」
「え? ええと…… わたくし、神殿のお仕事が 「行ってらっしゃいませ」
澄ましてお辞儀したのは、パトラである。
「雑用は私が対応しますし、ご養父のおもてなしも大切でございますよ?」
「さすがパトラ! わかってるね」
嬉しそうな少年に、パトラはニッコリとうなずいてみせた。
―――― 侍女としては断然、悪霊よりも純粋そのものの美少年からの十年後のプロポーズを推したいところなのだ。
※※※※
その夜、王家の離宮。
リュクス王太子は、紋章入りの封蝋がされた手紙の山を前に、頭を抱えていた ――――
「どうして、紹介状をロペスに渡さなかったんだい、エルヴィラ?」
「怪しいからよ。あの商人の持ち込んだお茶、あれには、簡単に言うと毒が巧妙に仕込まれていたわ。続けて飲むと危ないらしいの。
そんなもの、貴族への贈り物にするわけにはいかないじゃない」
「なんだって……?」
驚きに目を丸くする、リュクス。
アッディーラからの輸入品は全て国境で検査を受けるはず。毒など、簡単には仕込めるはずもない……
「どうやって、調べたんだ?」
「辺境伯家に協力してもらったわ。それより、あたしたちがしなきゃならないのはあの商人を捕らえること…… でしょ、リュクス様?
相手は魔力はなくても魔族だから、聖騎士団に命令したら?」
昼に、ザクスベルトがお茶の成分について知らせに来たときから、エルヴィラの心は決まっていた。
今のエルヴィラにとって最重要なのは、無事にリュクスの妃におさまること ―― アッディーラには、思い入れの 『お』 の字もない。
魔族の商人や使者から、目通りを希望されれば会いはするが、それもアッディーラの動向を探り、エルヴィラのカシュティールでの地位を脅かす危険のあるものを潰すため ――――
ルイーゼからの礼を伝えてきた悪霊にも 『別にあなたたちのためじゃないから』 と返事したのだが、割かし本心である。
故意か偶然かは知らぬが、カシュティールに毒を持ち込んだ商人など、エルヴィラとしては、さっさと消して無関係を主張したい。
しかし、リュクスは青ざめた顔で、かぶりを振った。
「できない……」
「なんで? 弱みでも、握られてるの?」
いぶかるエルヴィラを、リュクスは弱々しく見つめていたが、やがて。
ぽつり、ぽつりと語り出した ――――




