16-1. 少年領主①
飾り物のように美しい壺の中身を、ざっと皿の上にあけると、華やかで甘い花の香りと、すっきりと力強い緑の香りが入り交じって、あたりに漂った ――――
皿の上の茶葉を幾度確認しても、ルイーゼの中途半端な知識では、何かが掴めるはずもなかった。
神殿の薬剤部からの回答のとおり、このお茶にさしたる問題は見受けられないように、思えてしまう。
(エルヴィラ様もわたくしも、警戒しすぎ、ということ……? お母様の病気の原因を見つけたいばかりに、焦っているせいで、何か引っ掛かるような気がするだけなのでしょうか……)
完全に、手詰まりだ。
うーん、と頭を抱えてしまったルイーゼに、ザクスベルトがしぶしぶといった感じでアドバイスした。
【メアベルクのシェーン家にでも聞いてみればどうだ? 坊やは意外と詳しいかもしれない】
「坊やだなんて。きっと、あの方が聞かれたら、嫌がられそうです」
【いいんだよ。坊やなんだから】
彼がルイーゼにあざとくも求婚などしたことを、なんとなく根にもっている悪霊であった。
―――― それはともかく。
確かに、カシュティールで唯一の港町を抱えるメアベルクの者は、他領よりも輸入品に詳しいはずだ。
しかもそこの領主は、戸籍上はルイーゼの養父である。
「…… 頼ってみても、あからさまに拒否はなさらないでしょうね、あの方は」
「いえ、むしろきっと、尻尾ちぎれるほどに振って大歓迎でしょうね」
パトラがくすくす笑いながら予想したとおり、アッディーラのお茶について意見を求めてから、15日後 ――――
シェーン家の当主が、ユィターを訪れた。
彼は忙しいスケジュールを調整し、わざわざ自ら、結果報告にやってきたのである。
エカード・シェーン、12歳。
流行病で両親を失くし、メアベルク辺境領を継いだ。
幼い年齢にも関わらず、人に任せることなく領地経営をこなし、天才との誉れも高い少年である。
大人たちにバカにされまいと頑張ってきたためか、大きな茶色の瞳には常に冷ややかな光が宿っているようなところがあるが、年齢の逆転している養女のルイーゼには、驚くほど懐いていた。
この度のルイーゼの頼みにも、『チャンス到来』 とばかりに張り切って駆けつけたのだ。
「アッディーラのお茶を調べさせましたが、ごくたまに楽しむ分には全く、問題はありません、姉上。ただ、気になる成分が、これ ――――」
美しい壺に入ったお茶が、ざっと皿の上に広げられた。乾燥した赤黒い実に、薄紫の小さな花、そして数種類の緑……
その中から、枯れ草色の植物の破片をエカードは示した。
「それは、ダムウッドですね?」
「そうです。ダムウッドは多量に用いると精神に作用し、幻覚や麻痺、昏睡などが起こるとされています」
「神殿の薬剤部に調べてもらいましたが、それも規定量を超えては、おりませんでしたの」
「そこが、抜け道です。これを見てください」
エカードはポケットから小さな薬包を取り出すと、テーブルの上でそっと開いてみせた。
「これが、カシュティールやアッディーラの大部分で、普通に採れるダムウッドです」
「あら」
ルイーゼも、気づいた。
「お茶に入っているものの方が、ほんの少し、白い……?」
「はい。植物は地勢や気候によっても成分が少しずつ変わり、それによって微妙な色の変化が生まれます。この少し白いダムウッドは、アッディーラの北部ネヴァディアの産で薬効が非常に強いのが特徴です。
ほかの産地のものの、約3~4割の量で同様の効果が得られるため、わが領では薬用として管理を厳重にし、食品への混入には特に気をつけているんです」
エカードは、幼さの若干残る天使のような顔をひきしめて、断言した。
「ネヴァディア産のダムウッドは普通、あくまで薬用なんですよ」