15-2. 月夜②
ザクスベルトは生前から、どちらかといえば直情径行型であった。
周囲をひっぱるようなカリスマ性がある反面、人の細やかな感情のひだといったものにはやや、疎い傾向がある。
それが原因で気づかぬところで恨みを買い、処刑にまでつながった可能性は大いにある ―― と、自身の死因について、ザクスベルトはそう考察していた。
無実の罪で処刑されたのは悔しいが 『ようは己の不徳の致すところ』 と思えば、納得できないことではない。
―――― だが、それでも。
どうしても納得できないことといえば、ひとつしか、無いではないか。
今さらながら、目からウロコである。
―――― それを、目の前の従妹に言うわけには、いかないが。
「…… ザクス兄様? どうか、されまして?」
不安げに見上げるルイーゼの頬に、ザクスベルトはそっと触れた。
生きているその体温は、そばにいても、遠い ――――
【そうだな】
なるべく平静を装って、ザクスベルトは口を開いた。俺は保護者。
【16歳の君に、おめでとうを言いたかったのは、あるかな】
花のように、少女の笑顔が開いた。
(頼むから、そんなに嬉しそうな顔しないでくれ ――――!)
思わず、無いはずの心臓を押さえるザクスベルトである。
「ありがとうございます、ザクス兄様」
【うん。誕生日おめでとう、ルイーゼ。プレゼントも渡せたし、もう思い残すことはないかな】
「ダメです! まだ、約束も残っております」
【なんだっけ?】
「旅の途中で、約束しましたでしょう、兄様。
いつか、わたくしが聖女としてもっと強い力を得たら、一緒に月を観てくださるのでしょう?」
【それなら、ほら】
ザクスベルトがルイーゼの手から懐中時計を取り上げ、蓋を開けてみせた。
吸い込まれるような深い青に、虹色の光を浮かべる、ひとしずくの白 ――――
【きれいな満月だろう?】
「…… ええ。覚えていて、くださった…… のでしょうか、兄様」
覚えていたから、これにしたのだ。
【まぁ、こんなものより、ルイーゼのほうがきれいだが】
「……! そういうこと、気軽におっしゃらないでくださいませ……!」
【いや、ほんとほんと】
「もう……!」
ザクスベルトは、おどけてルイーゼの頭をポンポン、と軽く撫でた。
―――― 保護者のふりは、たぶんできているはずだ。
【そろそろ、帰ろう。少し寒いからな、風邪でもひいたら大変だ】
「はい…… あの、ザクス兄様?」
【なんだ】
「またいつか、一緒に月を観ましょうね」
【そうだな】
「その時にも、美しい月夜と言ってくださいますか?」
【うーん…… ま、今みたいな、雨じゃなければな。それにたぶん、君のほうがきれいだろうし】
「…… もう! ふざけないでくださいませ」
【うん、ごめん。じゃ、いこう】
美しい月夜。
その言葉の持つ意味に気づかないふりをしたまま、ザクスベルトはルイーゼを抱えあげた。
腕の中でかすかに息づく温もりが、どれほど愛しいことか……
(悪霊なんかの情念を、生きている者に伝えるわけには、いかないよな)
生者と死者を遮る壁は、高く厚い。
相手の幸せを願うほど、それを侵してはいけない、と思う。
―――― 数日後。
ユィター神殿の薬剤部から、アッディーラのお茶の成分について 『毒物は含まれておらず、薬草は全て規定範囲内の量。従って、特に問題はなし』 との回答が届いた。




