2-1. 父公爵①
「ルイーゼ様、今日の晩餐は、お父様がご同席されます。晩餐用のドレスは、少し華やかなものにいたしましょう」
「…… 任せます」
公爵家に向かう馬車の中で、ルイーゼは眉をひそめた。
―――― 処刑前に、ルイーゼは父のアインシュタット公爵、グンヴァルトから勘当されている。娘よりも家名を守ることを選んだのだ。
貴族としては当然の判断であり、父らしい、とルイーゼは思っているが、ともかく。
(お父様が待っておられる、ということは…… 今、わたくしはまだ、公爵家の者なのでしょうね…… もしかして、勘当が解かれた……? そのようなこと、あり得るのでしょうか)
とにかく、今がいつなのかを把握しなければ、状況がつかめない。
「ねえ、パトラ。ザクス兄様が亡くなって、もうどれ程、経ったのでしょうね」
「半年程でございます、お嬢様。思い出しても、痛ましい出来事でございました」
「本当に…… 兄さまのご遺体が晒され見せしめにされた、あの悲惨な光景…… まるでまだ、昨日のことのよう」
ルイーゼは素早く計算した。
―――― ルイーゼが毒杯を飲んだのは、ザクスベルトの処刑からは2年が経った、贖罪の神の月だったはず …… それが今現在で、まだ半年、ということは。
(わたくし、15歳の頃に戻っているのでしょうか……)
信じがたいことだが、よく見れば、目線も確かに少し低くなっているように思えるし、胸も若干小さくなっている。
そしてさらに不思議なことに、なぜか死者の霊らしきものが視えるようになっている…… たとえば、馬車の向かいの席に座るザクスベルトの、上質な衣装の細部に至るまで。
視えるのは、ザクスベルトだけではない。
馬車の外に目を向ければ、白くぼんやりとした何かが道端にたたずんでいたりもする。
【あれは、馬車にひかれたけれど、まだ死んだことを自覚していない霊といったところだ】
わざわざ解説をつけてくれる王子の姿はもちろん、声だけで人心を掴めるのではないかと思わせるバリトンにも、パトラは全く気づいていないようだ。
「お嬢様、外をお気にしておいでですか?」
「今何か、白いものが見えませんでした?」
「いいえ、なにも?」
―――― つまりは、ルイーゼの時間だけが、自身の処刑の1年半前に戻り、死者の霊が視えるようになっているのである。
「ルイーゼ様はきっと、少しお疲れでいらっしゃるのでしょう。帰ったら温かいお茶を用意させますから、お父様との晩餐までゆっくりお過ごしくださいませ」
「そうね…… そうさせて、いただくわ」
今の状況や今後のことについては、ザクスベルトとふたりになった後でゆっくり相談してみよう…… そう考えるルイーゼの頬には、わずかに血の気がさしていた。
(ザクス兄様とふたりきり……)
死ぬ前には全くそんなことは無かったのに、なぜか今は、心臓が動いているのがはっきり分かる。
※※※※
冥神の森からは、馬車で1時間程度。
アインシュタット公爵邸は、王城の敷地のはずれあたりに位置している。
ルイーゼの父グンヴァルトは、現国王の妾腹の兄にあたり、現国王が生まれた折に、祝いとして公爵位とこの館、そしていくばくかの領地を賜った。8歳の頃である。
以来、グンヴァルトの正式な住所は、この石造りの館であるが ―― その頃からずっと、彼はめったにこの館には寄りつかなかった。
現在グンヴァルトは公職にはつかず、国王の相談役・代理といった役目にあるのだが、仕事を理由に王城に詰めっぱなしである。
したがって、ルイーゼと晩餐を共にすることなど、1年のうちでも数えるほどだ。
顔を合わすことはほとんど無いものの、躾には厳しい父をルイーゼは恐れていたが……
(あら…… 気のせいかしら。大したことない、ような気がいたしますわ)
これも、処刑されるという滅多にない体験をしたおかげだろうか。
―――― 久々に会った父は、1度目の人生で思っていたよりも、つまらない人間に見えた。